映画を語ろう。
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母の身終い
JUGEMテーマ:洋画
尊厳死を望む余命いくばくもない母親と
刑務所から出所してきた息子が
過ごす最期の日までを淡々と綴った映画。

ただ、この映画のいうところの「尊厳死」というものを
私は認めることが出来ない。

映画では、自殺ほう助という台詞も流れるが、
苦しくもがきながらも、それを受け止めて
出来るだけ自然の最期を迎えようとする「尊厳死」を選ぶ患者に対して
自分から死にゆく日を選ぶものに
その言葉は値するであろうか?

スイスで出来るそれは、
ただ、コップ一杯の薬を飲み、
眠くなって死ぬその時まで、ベッドで横たわる。
これが、「尊厳死」なのか?

彼女は、自分の意思に沿うことなく家で
突然バタッと死ぬことが嫌だった。

スイスの施設の人と最後の面談で、
信仰心、神様の存在を聞くところがある。
彼女は、洗礼を受けただけで、神を信じるわけでもなかった。

自分の身終い、けりをつける。
けりをつけるには、意思がある時。
ならば、
それは、自分の手でけりをつける。
自分の手の代わりに自殺ほう助 イコール スイスの施設。

毎日、淡いブルーの洋服を着て、
ブルーのベッドに寝て、
全てがブルーに統一された
綺麗好きで、ジクソーパズルが好きで、秩序正しい生活。

それに相反するような息子と親子喧嘩をする場面があるが、
ろくでもない息子アランにこちらも腹立たしくなるばかり。

そのアランは、出所後、ボウリング場で
たまたま隣のレーンで知り得た女性と愛を交わすことになるが
自分の今の身の上を語ることが出来ず、さよならを迎える。

しかし、母をスイスの施設に連れていく時に
偶然出会い、もう別れたはずだが、
あの時の答えだと、
18か月間刑務所にいて、今は母親の家に住み失業中と伝えた。

「そんなこと何とも思わない」

彼女の答えと彼の後悔の後に出した「けり」のつけ方。
母の身終いの前に、
1人で社会に向かう道筋を見つけたような気がしたのは
私だけかな?

淡々とすぎていく
人生は人生で、生きるも死ぬも尊厳を持って。

その言葉とは裏腹に
苦悩を突き抜けた後の尊厳死こそ、私の中の「尊厳死」。
死の時を選ぶことが出来るビジネスに依存するのは、
決してそうじゃないと私は思う。
人間の驕りにしか思えない。

ただ、スイスのその様な施設と協会があったのを知ったのは有意義だった。

 
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