映画を語ろう。
愛を語ろう。
ライ麦畑の反逆児〜Rebel in the Rye

JUGEMテーマ:洋画

 

アメリカ文学の代表である「ライ麦畑でつかまえて」の著者 J.Dサリンジャーの一生のお話である。

 

裕福なユダヤ人商人の家で生まれ、

大学に行っては、退学を繰り返していたサリンジャー。

 

父親は、家業を継いで、

落ち着いてくれたら良いと思っていたが、

ちょっと尖った感じの彼に文才を認め、

母親は大学に行って創作の勉強をしっかりやるように進める。

 

 

向かったのは、コロンビア大学。

そこで出会ったウィットバーネット教授のアドバイスで、物語を書くということを学んでいく。

 

 

何よりも大切なのは、ストーリーだ!

 

この言葉は、ヒューグラント主演の Re:Rifeの中でも語られる。

 

 

では具体的に、いかにして物語を作るか。

作者の声が物語を壊さないようにすること。うるさく自己中の物語であってはいけない。

 

 

淡々と感情も入れず、ある物語を朗読しても

じっと耳を澄まして聞き入れられる物語を作ること。

 

それが作家の声が邪魔しない物語だと

ウィットバーネットが講義するシーンが最初に出てくるが、

思わず、凡人であっても納得できるような気がした。

 

 

サリンジャーが作家として、物書きとして一生貫く中で、ウィットの教えは、とても重要ではなかったかな。

 

出版するか否か、売れるか売れないか ではなく

一生書き続ける思いがあるかどうかが、小説家になる本気の覚悟になる。

 

 

そして、不採用、不採用 に耐えつづけること。

 

 

一貫して、サリンジャーは、真実にこだわった。

 

嘘がいや。 

出版社からの修正依頼を断ることは、そこにある。

物語を通して、自分の声を届けたいのだ。

 

 

勝手に大人が修正したストーリーに何の価値があろう。

現実はハッピーエンドにはならないと強く語る場面があるが、

私は、20年ほど前は、

映画の中だけは、ハッピーエンドの世界であってほしいと願って観たことがある。

 

 

だが、実際、勧善懲悪だけではこの世はすまされない。

理不尽があってこそ当たり前だし、そんな中で生きる。

だからこその嘘はいやという生き方。

 

 

サリンジャーが恋に落ちたウーナ・オニール。

有名な劇作家の娘で、女優になりたいとハリウッドへ向かう。

 

お互い、愛を確かめ合っていたはずなのに、離れていた時間が理由なのか

彼女があのチャップリンと結婚したということを

新聞の第1面で知らされたときの強烈なショック。

 

 

女優だもの。どこまで嘘で、どこまで真実で。人の気持ちはわからない。

 

信じられるものは何? 

 

 

戦争を体験し、精神を患いながらも

彼が彼の魂を守り続けられたのは、彼が書こうとした物語の主人公の存在があったし

それは嘘で書いたものではなかったから。

 

 

ライ麦畑でつかまえて のヒットで、つかんだものと失ったもの。

ストーカー、社交界のかったるさ。幸せはどこにある?

 

小さな子どもにも嘘をつかれ、彼はひどく落胆する。

 

出版という形が、彼の心の平安を崩し始めたとき、

世間に向かって発表することを辞め隠遁生活を始める。

 

しかし、小説家になろうと決めた時、出版が目的ではなかったのだ。

一生書き続ける覚悟こそだったのだ。

 

 

色んな言葉が散りばめられていて、それぞれの人にあった感性の言葉があるだろう。

 

 

芸術家とはなんだというくだりでは、

完全という認識から

自己中で欠点だらけで不完全という認識に至るが、そうでなければ、人々の共感は生まれない。

 

 

自分の気持ちの代弁を求め

音楽を聴いたり、物語を読んだり、

分かってくれるというか、共感を人は欲しているのだと思う。

 

 

ラストシーン近く

ウィット教授がサリンジャーに文集の序文のお願いをし、彼は快諾する。

 

 

さて、手元に届いた序文があるのに

わざわざ、ウイット教授が家までやってきて、語ることは。。。

 

最初に戻るようなシーンで、私は好きだ。

 

 

この映画は、ポスターと予告を見て、鑑賞しようと決めた。

 

 

母親の愛情にも泣けたし、それを感じるサリンジャー。また父親の思い。

戦争というものの精神的なダメージの怖さ。

 

 

小説を読む時期というものがあるし、若者向きだろう。

しかし、

年配になっても

真実が語られているそれは読みたくなった。

嘘は嫌いと言い続けた共感を感じたくて

 

 

 

 

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
Re:LIFE〜The Rewrite

JUGEMテーマ:洋画

ヒューグランと演じる脚本家キースの唯一の誇りは、

「間違いの楽園」という作品でアカデミー脚本家賞をとったこと。

 

しかし、それ以降の鳴かず飛ばず

そして、とうとう、新たな仕事もなくなり、選り好みも出来ないほど窮地に陥った。

そんな中で、与えられた仕事は

大学で脚本を教えるという教師の仕事であった。

 

ロサンゼルス、ハリウッドでの生活から

世界一回転木馬が多いというだけの田舎町の大学で

脚本を教えるという仕事を果たしてやっていけるのだろうか。

 

どこまでもお調子者、軽い男、けれど憎めなくてハンサムなヒュー

受講希望者の中から、受講者を選ぶのも、

希望者から提出された脚本ではなく、容姿で決めただけ。

そんないい加減なヒュー演じるキース。

 

彼にとって、生徒に脚本を教えるというより、

その時間をなんとか楽に過ごし、対価を頂くためのものであり、

あくまでもハリウッドの脚本家というスタンスなのだ。

 

教師と生徒、そして、文学科 ハリウッド

そういった要素から、

何かを語るときには、文学や映画のエピソードが多く語られる

下地としてそれがわからなければ、

この映画の良さも楽しみも楽しみは増さない

 

「グッドウィルハンティング」、

「今を生きる」

キースが語るそれらの映画は、言わずと知れた教師と生徒の物語の名作。

 

私自身のなかでも大切な一本になっているが

結局のところ、人に何かを教えるとき、教わるとき

どんな快感が互いの中で生まれるのだろう。

 

キースは、それを発見したのだと思う。

生徒達もそれを発見したのだと思う。

教育とは、知りたいこと学びたいことを得る喜び

何よりも人間が求める喜びなのだと思う。

 

私がこの映画で得たもの。

 

脚本とは、まず主人公の目的を決めること

つまり、誰が主人公でゴールは何か、

スターウォーズで言うなら ルークはジェダイの騎士を目指す

その間の試練が物語となる

 

脚本を書く情熱

どうして、それを書きたいと思ったか。

その動機が本気の情熱でなければ、物語は進まない。

書きたい理由に必死にしがみつくこと

 

つまり、脚本についての話は、

もっと客観的に考えてみれば、

一人一人の生き方というところになるんじゃないか。

その気づきが大人になったキースにも私にも感じられた。

 

11歳の少女の話もそれに加えておこう

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

11歳の少女が自分は天使になったと気づき

家族や友達に会えなくなると嘆き悲しんだ。

しかし、年上の天使が、11歳はいい年齢だと言う

11歳の時の感情は、

好きも嫌いも本気の感情だから

 

だが、長く生きていると、色んな妥協を強いられる

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

生きたい理由に必死にしがみついて生きること

それがキースにとって、教師をやることで気がついた。

 

リライトが原題で、書き直しということで、

脚本家である主人公の物語としてのそれに当たるのであろう。

 

そして、キースの1人息子アレックスへの思いも

そのリライトという言葉を使って映画の中で語られる

 

しみじみとしながら、

色んな善人の愛がいっぱい詰まった映画だった。

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ラ・ラ・ランド 〜La La Land

JUGEMテーマ:洋画

 

女優になる夢をもつミア

その日を目指して

今は、ハリウッドの撮影場所のカフェで働く。

 

ジャズピアニストのセブは、今風のジャズではなく

古き良きジャズの流れる自分のお店を持つことを夢としている。

 

そんな二人の出会いの春夏秋冬とそれから。

 

まるで、ディズニーの世界を見ているかのような色使い

曖昧な色ではなく、12色というか原色

それは、目が覚めるようなオープニングだった。

 

オーディションになかなか受からないミアと友達は、

クリスマスの夜、

人脈という出会いを求めてパーティーに向かうが

何ら得ることもなく、おまけにミアは車をレッカーに連れて行かれ

歩いて帰る羽目になった。

 

ポツポツ歩きながら、耳にした音に吸い寄せられるように

ミアは店に入った。

彼女の心に触れた音は、セブの弾くジャズのメロディ。

 

 

しかし、オーナーの指示通り、クリスマスソングも弾かず

好き勝手な音楽を弾いたセブは、

その時まさにクビを言い渡された瞬間であり、

ミアなど目もくれず店を出てしまった。

 

人生のすれ違いは、もうそこから始まっていたのかもしれないが。。

 

その後、あるパーティーで再会する二人。

微妙に何かしら

二人の心は求め合うものが一緒だと感じるようになっていき

夢を語り合いながら、同じ方向を見つめるようになった。

 

一つ一つのシーンのミアは、

シンプルなワンピースで

彼女の大きな目と白い肌が一層素晴らしいものにしているように思う。

 

魅力的な主人公ありきなのだ。

 

セブは、ミアの夢を叶えたい気持ちがいっぱいだった。

それにはお金が必要だ。

 

友人の言葉にも耳を傾け

ただただ頑固にジャズを通すのではなく、

知ってもらうことだという考えもありきだと

友人とのバンドを組み、それだけのものを得るようになった。

お金と成功。

 

しかし、

夢は、お店だったんじゃないの!と詰め寄るミア。

その辺がじれったいが、誰のためでもなくミアのためなのだ。

 

セブは、ずっとミアのため

ミアが挫折しそうになっても

彼女の夢ために 気持ちを押し上げる。

 

ミアの1人芝居の挫折の後にめぐってきたチャンス。

好きだから、出来ること

精一杯アピールできること。

あきらめの彼女を夢の道に連れ戻す。セブの深い愛

 

それからの5年後、

それは、5年前のそれとオーバーラップして物語りは進行する。

 

最後の最後まで、どんでん返しを期待するのは、

子どもじみたハッピーエンド信奉者。

本当の幸せは、どこにあるのか?

 

ミアはミア

セブはセブ。

お互いに夢を追いかけた価値観。

そしてお互いに夢をかなえた。

 

同じレールの上で二人で生きるだけが愛じゃないのだ。

 

女優になったミアには、もっと叶えたい夢があるだろうし

セブも望んでいるはずなのだ。

そして、自分のお店をもったセブにも

もっと叶えたい夢があるだろう。

 

二人の夢は広がって大きくなって、叶っていくこそ意味がある。

 

 

5年ぶりの再会のセブのお店で

何も言わず去っていくラストシーン。

振り向くミア

 

そこには哀愁とか後悔とかそんなものじゃない

 

離れていても見てて! 

私やるわ!

夢を叶え続けるわ!

 

そんなミアの声が聞こえてきそうなラストの情熱的な見つめあい

 

上質な物語だと思った。アカデミー賞をとれたのも頷けた。

 

 

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ローズの秘密の項〜The Secret Scripture

JUGEMテーマ:洋画

 

第二次世界大戦時、疎開先にやってきたローズ

ローズは、美しく誰もが彼女に惹き付けられた。

彼女の真直ぐな眼差しに、ゴーント神父さえも揺れ動く。

夫以外の男性の目をじっと見るな。

最初の出会いの中で、神父はローズに忠告する。

 

時は、40年過ぎ、

取り壊しの決まった聖マラキ病院。

その患者の中にローズがいた。

彼女は、自分の赤ちゃんを殺した罪を背負っていた。

しかし、ローズは否認し続け、

そして自身の名前を本名とは別のローズマクナリティと名乗った。

 

転院する患者たちの再診のために訪れた

精神科医スティーブグリーンは、ローズの無実の訴えを聞き

彼女の大切にしている聖書の存在を知る。

そこには、ローズの日記が綴られていた。

自分という存在が抹消されないように。とローズは書き記す。

 

過去と現在を行ったり来たりしながら、ローズの人生が語られる。

何故にローズクリアという名ではなく

ローズマクナリティと名乗ったのか。

そこには、たった一人の男性を愛し続けた生涯の愛がある。

その人の名は、マイケルマクナリティであり、

二人は、牧師の立会いの中で、結婚式を上げた。

その事実と彼の子を身ごもった事実。

 

40年後のローズ役のバネッサレッドグレイブの演技を

どうしても見たくて、この映画を鑑賞。

実に大柄な女性で、そして品性漂う緑色の目をしている。

回想シーンの当時のローズ役は、ルーニーマーラ〜キャロルの女優であり

前情報のない私にとっては、思いがけないもので、

同じく、緑色の目が美しかった。

 

美しさというものは、美しさゆえに罪を作るのか。

周りの嫉妬の中で、人生を狂わされていく罪なきローズ。

 

 

精神科医グリーンとローズのふれあいの中で、

少しずつ解き明かされる謎。

本当に彼女は、赤ちゃんを殺してないの?

 

看護師とグリーンの手を聖書に置き、ローズが信じて欲しい

と訴えたとき、

グリーンが看護師に尋ねた。

看護師は、「信じる」では、グリーンは?

 

「愛を込めてみたものだけが真実」

 

ローズのこの言葉が痛烈に突き刺さる。

私たちは、愛を込めて何を見る?何を語る?

 

色んなキーワードが出てくる中で、

神に仕えし神父も迷い悩み

こういったところは、信者にとっては見たくないものであるが、

権威と嫉妬とそして漂う愛

最後の結末に、間に合った罪の赦しを思う。

 

ローズのどこまでも愛し続けた純愛があり

クライマックスでは、ジグソーパズルが

みるみる出来上がるように

マイケルの勇敢な死が、尊厳を持って語られ

何故にグリーン医師が再診の医師になったのか理解でき

静かに涙が溢れてくる。

 

緑色の目は、嫉妬。

何故か、そんな事を思い出し、

その目に魅了され嫉妬に狂った人と人生を狂わされたローズ

最後にハッピーエンドであったのに救われました。

 

 

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
リリーのすべて〜The Danish girl

JUGEMテーマ:洋画

世界で初めて性別適合手術をしたリリーエルベ〜アイナーヴェイナーのお話。

映画の冒頭、タイトルが出る。

The Danish Girl〜つまりデンマークの女の子

日本語タイトルは、「リリーのすべて」であり、

国柄の違い〜何かしらのニュアンスの違いを思った。

 

最初のシーンの自然の美しさ。

まるで絵画を見てるようなその風景。

それは、アイナーが育った場所〜

そして、アイナーは風景画家として、妻のゲルダは肖像画家として

お互いを尊重し合い、認め合い

何よりも愛し合っている。

 

口に出して、何もかも言わなくても

ささやかな言葉と仕草、その雰囲気で

彼らがどれだけ愛し合っているか。。

画面から充分伝わってくる。

 

ある日、ゲルダは、仕上げに間に合わなくなった

モデルのピンチヒッターとして、

アイナーに足の部分のモデルを頼む。

 

ストッキングを履き、洋服を合わせ、

女性らしさを表現しようと

鏡に向かうアイナー

 

まんざらでもないアイナーに

ゲルダは、

リリーという女性名を付け、女装させ

一緒にパーティーにいくことしにした。

 

二人して、洋服を選び、メイクもして、楽しい時間。

しかし、パーティーで、

リリーと男性とのキッスをみてショックを受け

これ以上のお遊びは、もうやめだとアイナーに告げる。

 

しかし、何かが崩れはじめ。。

いや、何かが生まれはじめた。

 

アイナーは、見つけた。

アイデンティティを、リリーの中に

本当の自分を見つけた。

 

アイナーにとって、女装が発端ではなく

小さなころから、アイナーの中に

リリーが存在していただけのこと。

それをまさに知った。

 

リリーでいることが、自分なのだ。

 

それからの二人の愛に泣けてくる。

ゲルダにとっての苦悩。

男と女。愛の行為だってしたいし、

男に抱き寄せられたい。

けれど、それはエロスという愛。

 

彼女は、リリーを愛する。

リリーとアイナーは、ゲルダの愛する人。

男として、女としてではなく

人間として、愛する。

 

愛には4つの愛があると習ったのは、

昔々、倫理社会で習ったかな?

アガペーという究極の愛だと私は思う。

ゲルダはリリーを愛する。

 

だからこそ、最後に

リリーが求める女性としての体の手術にも

誰よりも応援し、

誰よりも友人として寄り添った。

人間リリーの幸せを何よりも願う。

 

リリー役のエディ・レッドメインは、あまりにも美しかった。

一つ一つの仕草を

女性らしいそれを求めて、

美しい体を求めて

維持するために節制もする。

 

彼女がどれだけ美しい人になりたかったか。

芸術家ゆえの妥協出来ない「美」の世界がある。

完璧に美しくなのだ。

 

ゲルダ役のアリシアヴィキャンデルは、

「アンナカレーニナ」では、

田舎娘キティ役で

ちっともきれいに思えなかったが、

今回は、存在感ある強い女性を演じていて、

美しかった。

 

 

芸術家同士、まず、究極に美を求め、

そこに価値観があるからこその二人の愛の物語。

そして、デンマークの女の子の物語。

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ライフイズビューティフル
JUGEMテーマ:洋画
ロベルト! 
アカデミー賞授賞式で
同じくイタリア人女優ソフィアローレンが
この映画の主演俳優の名を親愛を込めて呼んだ。

私は、そんな逸話を観終わった後に聞いた。

多分、ほとんどの日本人が好きな映画の一つに入るのではないかな。

第二次世界大戦時、ユダヤ人迫害を受けた親子の
強制収容所での生活を
過酷なものだけで捉えることなく
「ライフイズビューティフル」
「人生とは、かくも美しきものである」と 肯定し続けた、
全ての人間に向かって伝えたかった愛のお話。

実に陽気に陽気に物語は進行する。
 恐怖を取り除くため パパであるグイドは、
息子のジョズエに
これは、ゲームであると
収容所生活の全ての環境、全ての出来事を 嘘の世界に作り上げていく。

おしゃべりで、うるさ過ぎるほどの
「愛」
あんな過酷な場所で、
ただ、ただ、愛のために
あそこまで、出来るものなのか。

収容所の服をステキだろ?と言い
ドイツ人看守を
彼らは悪人の役だと言い、
1000点一番先にとったものに戦車が与えられる。
パパは、今日は60点だった。
そんな語りを
周りの大人たちは優しく黙って聞き
ジョズエも欲しい戦車のためにゲームに参加する。

ある日、
グイドは、給仕をしていた頃に仲良くなった人を見つける。
ウィットに富んだ謎解きで、
グイドの魅力を知っていた彼は、収容所で軍医をしていた。

そして、軍医は
グイドに再び給仕としてのチャンスを与えてくれた。
過酷な労働から、収容所の所員の給仕係へ。
軍医は、皆の目の隙を見つけて
困っていることがあるとグイドに相談を持ちかける。

グイドにとって、
この相談の代わりに
自分たちの助けと言う一瞬の光が見えたのではないか。
しかし、彼の悩みとは、
ある人からの謎解きの答えがわからない。
一緒の考えてくれと言うものであった。

なんという虚しさ、無情。
人間の心を失った彼に
グイドは返す言葉もなかった。

全編を通して
描かれるのは、ただ、グイドの
どんな時でも前向きに人生を生きると言う思い
ジョズエのために
パパであり続けること。守ること。
そして、ユダヤ人でもないが
夫と息子の傍にいたくて、一緒に収容所に来た妻への愛。

ラスト。
ゲーム終了は、
ジョズエに戦車が与えられ、
グイドの嘘は嘘で無くなった。
そこには、嘘を越えた真実の愛が残されていた。

観た直後は、
ただ、ただ、お調子者のグイド
うるささにも閉口。
ナチスの本当のところを描いていないなどと
否定的な思いの方が強かったが
半日が経った今は
にこやかに
グイドが最後まで演じきったゲーム中の
行進の姿を思い出すと泣けてくる。

この映画が訴えたかったのは、
ナチスでも
強制収容所の姿でもない
ただ、ただ、
「ライフイズビューティフル」

笑顔でどんな時でも生きるという
思いを教えてくれるのかもしれない。

ニューシネマパラダイスでもそうだが、
イタリア人の底抜けに明るく人生を生きると言う
モットーが根底にあるのかもしれない。







ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
リンカーン〜LINCOLN
静かに歴史を観た。
そう、確かにいえる。
151分というドラマの長さは全く感じられない。
「人民の人民による人民のための政治」という言葉で馴染みの
リンカーン大統領の伝記である。
それも南北戦争の終結と共に
奴隷制度の廃止のために合衆国憲法第13条の修正案を
議会で可決する何日間の攻防にスポットを当てたものであり、
生い立ちから云々というものでもない。
しかし、リンカーンをしっかり味わった。

数々の言葉の重み。
何を思い、何を語らなければいけないか、
政治家には、バランスが大切だと思ったし、
リンカーンのユーモアの言葉に正義の言葉にぐいぐい惹き付けられる。

本来の目的を果たすために、
敢えて、偽善の言葉を発する時もある。
この両方をトミーリージョンズ扮する超党派のスティーブンスが
表してくれた。
どんなことがあっても修正案を可決しなければ、
戦争を終わらすとことも出来ない。
そのギリギリのラインでの票集め。
ロビイストも使う。
まだ、可決までの票が足らないと
なすすべを失った側近にリンカーンは言う。
私はアメリカ合衆国の大統領なのだ。
その権力を持って、相手の党の切り崩しを命令する。

票集めを見ながら、今の日本の政治も思う。
勝たなければ何も出来ないということ。

ダニエル・ディ・ルイスが、
アカデミー賞の主演男優賞をもらったときは、
三度目も何故に?と思ったが、
まさしくリンカーンに見えたし、
素晴らしいとしか言えない。
また、妻役のサリーフィールドも懐かしい顔でうれしくなった。
愛らしい雰囲気そのままで、
彼女も末息子役のタッドも同じように本当の彼らによく似ていた。

妻の悲しみや家族の悲しみに寄り添い公人としての激務に耐えるリンカーン。
秀逸な作品だと思った。
随所で、涙を誘うのも
そうした人間的な私的なリンカーンの姿が描かれているからだと思う。

暗殺されたことを知ったときの
タッドの悲しみの様子は、
なんとも言えず愛を感じた子どものもので、純粋に涙した。



ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
レミゼラブル〜Les Misérables
 レミゼラブル〜とは、惨めな人であり、
そこには、愛されることのなかった人が存在し、
そして、全編をつなぐものは、「愛」だった。

有名なミュージカルを映画版にしたもの。
ずいぶん昔では、日本では、道徳の時間に教わった話らしい。
一切れのパンを盗んだ罪で囚人となったジャンバルジャンが、
19年の服役後仮釈放される。
しかし、どこに行っても彼を見る目は厳しく、
人を信じられなくなった彼が起こした行動は、
暖かい食べ物と暖かい寝床を与えてくれた司教様を
裏切る行動〜銀の食器を盗んで逃げることだった。
監視下に置かれていたジャンバルジャンは、
逃げる途中で兵士に捕らえられ、
また司教様のところに連れられてくる。

盗人ジャンバルジャンに対して、
司教様は、「兄弟」と彼を呼び、
銀の食器は、ジャンバルジャンが言うとおり、
司教が与えたものであり、
おまけに、彼は急いでいたらしく、
銀の燭台を忘れて行ったと
さらに彼を擁護してくれた。
19年間の間に「人でなし」になってしまった彼を
魂があると言ってくださった司教の愛に目覚め、
その後の彼の一生が主軸となる。

冒頭シーンからスケールの大きさ、
ジャンバルジャンとジャペールの対立。
見所がたくさんで、
どこをとっても泣けてしまうのがこの映画だった。

アンハサウエイ演じるファンティーヌも
娘を思う
その限りない愛の叫びで感動をするし、
ジャンバルジャンの祈りの歌も
心を揺さぶる。

しかし、私が最後に涙して、
思うと涙がこぼれるのは、
レミゼラブル〜惨めな人
その一人ジャペールは、最後に救われたのか。
囚人の子として牢獄で生まれ、
彼が生きていく道は、警察しかなかった。
彼には、法しかなかった。
そして、執拗にジャンバルジャンを追い求めた彼は、
最後に問う。
「法か善か、」
生き方は間違っていたのか、
ジャペールは、
ジャンバルジャンに助けられたことで
戸惑い、
そして、また彼もジャンバルジャンを撃つチャンスがありながら
ひん死の人を救おうとするその姿を見て、
善の心が支配したのか、
引き金を引くことをやめた。
彼の命は、ジャンバルジャンに救われたが、
彼自身の生きる意志の道は閉ざされ、
揚げ句に自害する。
それが悲しいのだ。
この映画で、
無償の愛〜人を愛することが神がいることだと教えてくれるのなら、
すべてのものを救ってほしかった。
あのジャペールも天国で
皆と一緒に歌う姿が見たかった。
ラッセルクロウ演じるジャペールが
とても悲しく残っています。

そして、映画の中で
雨の中死んでいくエポニーヌの歌もとても秀逸です。
雨は、花を咲かすという歌詞がぐっと来ます。

銀の燭台は、ジャンバルジャンの最後まで
彼のそばにあったのも
決して忘れられない映画のシーンでした。
彼の回心の始まりは、
司教を通じて知った神の愛でした。



ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ルルドの泉で〜Lourdes
聖地ルルドへの巡礼のツアーに参加したクリスティーヌ
彼女は、熱心な信仰があっての参加でもなく、
車椅子でも自由にいけるのが巡礼ツアーだからというだけのもの。
そんな彼女が
まず、手が動き、そして立ち歩くことが出来たのは
奇跡が起きたからなのか、一時的な回復に過ぎなかったのか。

信者が宗教的何かを見出すための
感動を望むような映画ではない。
実に計算された人間模様の映画。

人は、誰かの身に起こった奇跡と言えるような出来事。
うらやましいというような出来事にどう反応するか。
そんな邪念たっぷりの人間のお話。

毎年、母娘で巡礼に参加している熱心な人
献身的にボランティアで身を削っているセシル。
彼女らを差し置いて、
こんな信仰浅きクリスティーヌに奇跡が起こるなんて
信じられないと、
神父に迫る参加者もいる。

しかし、カトリックの教えの中で、
どれだけのことをしたから、
どれだけの恵みがあるという教えはない。
神様の恵みは、自由なのだ。
神様のご計画は、人間の想像を越えたところにある。

だから、反対にこんな風に
淡々と語られるルルドの奇跡は、ありなのか。
信じるのか、信じられないのかという結末で終わったのは
実際の奇跡の判定基準の厳しさを思うなら、
良かったんじゃないかって思う。

実に感動的に作られていれば、
宗教臭くて、嫌悪感を抱くものもあろう。

ツアーの最後の夜、さよならパーティで
よろめき倒れ、それでも立っていたクリスティーヌが
差し出された車椅子を拒んだ後に
やっぱり、座る姿で映画が終わる。

人々の無関心、関心、嫉妬。
クリスティーヌ役は、映画「サガン」で本人役で出ていた彼女。
サガンとはうってかわって
感情の出ない表現で、
彼女を取り巻く人間の俗な姿がとてもよく見えた。
それにしても彼女にずっと優しくしてくれたおばさんが
未だになぞめいた存在なのである。



ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ラビットホール〜Rabbit hole
 事故で子どもを失った夫婦のその後の葛藤と悲しみ

一つの命を失ったとき、
どうやって、前に進めばいいのだろうか。

同じ境遇の人たちが語り合い、癒しあう集会に
一人息子ダニーを失った
二コールキッドマン演じる妻ベッカと
アローンエッカート演じる夫ハウイが参加する場面。

涙を流しながら参加した夫婦が語る。
「娘の夢を見た。
神様のところで天使になっていた。」

そうするとそれを遮るようにベッカが言い放った。
「天使になる?
天使が欲しければ、神様が創ればいいのよ。
何でも出来るのが神様じゃない。」

その場のみんなは何も語ることがなかった。

あなたはどう思うだろうか。
ベッカの気持ちもとってもうなづけるものだ。
不意の息子の死という悲しみを受け止めると言うことは、それほど難しい。

結局、ベッカはその集会に行くことをやめて、
彼女なりに模索する。
偶然出会った
事故の加害者の高校生との交流は、
ベッカの再生には、必要なものでした。
わけもなく涙する気持ちも伝わってきます。
彼にラビットホールを教えてもらうのです。

一方、ハウイは、集会に出ながら

ある女性といろいろ語り合う中で、
彼女が子どもの死によって、
二人が上手くいかなくなり、
とうとう、夫が出て行った、捨てられたと聞かされる。
同情はありか?

そこで、ハウイが彼女に
「僕は心から妻を愛している」
と何度も何度もいう場面があるのだけど、
あれほどヒステリックに人に八つ当たりする妻
何を言ってもかみ合わない妻
それなのに愛されているベッカが
どれだけうらやましく思ったんじゃないかって思う。

ベッカには妹と母親がいて
10年前にベッカの兄は、亡くなっている。
母親が言う。力になれることがあればなりたい。
私も息子を失ったことには変わりはないと言うのだけど
善意を真正面から受け取れないベッカ
しかし、母親にとって
どんな子ども達でもみんな愛の対象なのだ。

母親がベッカに伝える悲しみの応えはこうでした。

悲しみはね。
決して、消えはしない。
最初は大きな石のような悲しみ。
それが変わっていくのよ
そうね、重さが軽くなる。
耐えていけるくらいになるのよ。
ポケットに入るくらいの小石になって
時々、ポケットに手を入れると
その悲しみを見つける。その存在を思うの。

ラストシーンは、
やはり答えはありません。
ただ、ベッカが隣に座っているハウイの手に
自分の手を伸ばしたことが
なんとか乗り越えようとする愛を感じました。
二人で小石を確かめあい
永遠に忘れることの出来ない悲しみを持ちながら人生は進んでいく。

作家の曽野綾子さんが言ってましたけど
人生のベースは、悲しみだって。
誰にも悲しみはあるんだもの。
だから、愛を見つけるんだもの









ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>
COMMENT
  • 縞模様のパジャマの少年〜The Boy in the Striped Pyjamas
    tk (03/24)
PROFILE
MOBILE
qrcode