映画を語ろう。
愛を語ろう。
ローズの秘密の項〜The Secret Scripture

JUGEMテーマ:洋画

 

第二次世界大戦時、疎開先にやってきたローズ

ローズは、美しく誰もが彼女に惹き付けられた。

彼女の真直ぐな眼差しに、ゴーント神父さえも揺れ動く。

夫以外の男性の目をじっと見るな。

最初の出会いの中で、神父はローズに忠告する。

 

時は、40年過ぎ、

取り壊しの決まった聖マラキ病院。

その患者の中にローズがいた。

彼女は、自分の赤ちゃんを殺した罪を背負っていた。

しかし、ローズは否認し続け、

そして自身の名前を本名とは別のローズマクナリティと名乗った。

 

転院する患者たちの再診のために訪れた

精神科医スティーブグリーンは、ローズの無実の訴えを聞き

彼女の大切にしている聖書の存在を知る。

そこには、ローズの日記が綴られていた。

自分という存在が抹消されないように。とローズは書き記す。

 

過去と現在を行ったり来たりしながら、ローズの人生が語られる。

何故にローズクリアという名ではなく

ローズマクナリティと名乗ったのか。

そこには、たった一人の男性を愛し続けた生涯の愛がある。

その人の名は、マイケルマクナリティであり、

二人は、牧師の立会いの中で、結婚式を上げた。

その事実と彼の子を身ごもった事実。

 

40年後のローズ役のバネッサレッドグレイブの演技を

どうしても見たくて、この映画を鑑賞。

実に大柄な女性で、そして品性漂う緑色の目をしている。

回想シーンの当時のローズ役は、ルーニーマーラ〜キャロルの女優であり

前情報のない私にとっては、思いがけないもので、

同じく、緑色の目が美しかった。

 

美しさというものは、美しさゆえに罪を作るのか。

周りの嫉妬の中で、人生を狂わされていく罪なきローズ。

 

 

精神科医グリーンとローズのふれあいの中で、

少しずつ解き明かされる謎。

本当に彼女は、赤ちゃんを殺してないの?

 

看護師とグリーンの手を聖書に置き、ローズが信じて欲しい

と訴えたとき、

グリーンが看護師に尋ねた。

看護師は、「信じる」では、グリーンは?

 

「愛を込めてみたものだけが真実」

 

ローズのこの言葉が痛烈に突き刺さる。

私たちは、愛を込めて何を見る?何を語る?

 

色んなキーワードが出てくる中で、

神に仕えし神父も迷い悩み

こういったところは、信者にとっては見たくないものであるが、

権威と嫉妬とそして漂う愛

最後の結末に、間に合った罪の赦しを思う。

 

ローズのどこまでも愛し続けた純愛があり

クライマックスでは、ジグソーパズルが

みるみる出来上がるように

マイケルの勇敢な死が、尊厳を持って語られ

何故にグリーン医師が再診の医師になったのか理解でき

静かに涙が溢れてくる。

 

緑色の目は、嫉妬。

何故か、そんな事を思い出し、

その目に魅了され嫉妬に狂った人と人生を狂わされたローズ

最後にハッピーエンドであったのに救われました。

 

 

 

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リリーのすべて〜The Danish girl

JUGEMテーマ:洋画

世界で初めて性別適合手術をしたリリーエルベ〜アイナーヴェイナーのお話。

映画の冒頭、タイトルが出る。

The Danish Girl〜つまりデンマークの女の子

日本語タイトルは、「リリーのすべて」であり、

国柄の違い〜何かしらのニュアンスの違いを思った。

 

最初のシーンの自然の美しさ。

まるで絵画を見てるようなその風景。

それは、アイナーが育った場所〜

そして、アイナーは風景画家として、妻のゲルダは肖像画家として

お互いを尊重し合い、認め合い

何よりも愛し合っている。

 

口に出して、何もかも言わなくても

ささやかな言葉と仕草、その雰囲気で

彼らがどれだけ愛し合っているか。。

画面から充分伝わってくる。

 

ある日、ゲルダは、仕上げに間に合わなくなった

モデルのピンチヒッターとして、

アイナーに足の部分のモデルを頼む。

 

ストッキングを履き、洋服を合わせ、

女性らしさを表現しようと

鏡に向かうアイナー

 

まんざらでもないアイナーに

ゲルダは、

リリーという女性名を付け、女装させ

一緒にパーティーにいくことしにした。

 

二人して、洋服を選び、メイクもして、楽しい時間。

しかし、パーティーで、

リリーと男性とのキッスをみてショックを受け

これ以上のお遊びは、もうやめだとアイナーに告げる。

 

しかし、何かが崩れはじめ。。

いや、何かが生まれはじめた。

 

アイナーは、見つけた。

アイデンティティを、リリーの中に

本当の自分を見つけた。

 

アイナーにとって、女装が発端ではなく

小さなころから、アイナーの中に

リリーが存在していただけのこと。

それをまさに知った。

 

リリーでいることが、自分なのだ。

 

それからの二人の愛に泣けてくる。

ゲルダにとっての苦悩。

男と女。愛の行為だってしたいし、

男に抱き寄せられたい。

けれど、それはエロスという愛。

 

彼女は、リリーを愛する。

リリーとアイナーは、ゲルダの愛する人。

男として、女としてではなく

人間として、愛する。

 

愛には4つの愛があると習ったのは、

昔々、倫理社会で習ったかな?

アガペーという究極の愛だと私は思う。

ゲルダはリリーを愛する。

 

だからこそ、最後に

リリーが求める女性としての体の手術にも

誰よりも応援し、

誰よりも友人として寄り添った。

人間リリーの幸せを何よりも願う。

 

リリー役のエディ・レッドメインは、あまりにも美しかった。

一つ一つの仕草を

女性らしいそれを求めて、

美しい体を求めて

維持するために節制もする。

 

彼女がどれだけ美しい人になりたかったか。

芸術家ゆえの妥協出来ない「美」の世界がある。

完璧に美しくなのだ。

 

ゲルダ役のアリシアヴィキャンデルは、

「アンナカレーニナ」では、

田舎娘キティ役で

ちっともきれいに思えなかったが、

今回は、存在感ある強い女性を演じていて、

美しかった。

 

 

芸術家同士、まず、究極に美を求め、

そこに価値観があるからこその二人の愛の物語。

そして、デンマークの女の子の物語。

 

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ライフイズビューティフル
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ロベルト! 
アカデミー賞授賞式で
同じくイタリア人女優ソフィアローレンが
この映画の主演俳優の名を親愛を込めて呼んだ。

私は、そんな逸話を観終わった後に聞いた。

多分、ほとんどの日本人が好きな映画の一つに入るのではないかな。

第二次世界大戦時、ユダヤ人迫害を受けた親子の
強制収容所での生活を
過酷なものだけで捉えることなく
「ライフイズビューティフル」
「人生とは、かくも美しきものである」と 肯定し続けた、
全ての人間に向かって伝えたかった愛のお話。

実に陽気に陽気に物語は進行する。
 恐怖を取り除くため パパであるグイドは、
息子のジョズエに
これは、ゲームであると
収容所生活の全ての環境、全ての出来事を 嘘の世界に作り上げていく。

おしゃべりで、うるさ過ぎるほどの
「愛」
あんな過酷な場所で、
ただ、ただ、愛のために
あそこまで、出来るものなのか。

収容所の服をステキだろ?と言い
ドイツ人看守を
彼らは悪人の役だと言い、
1000点一番先にとったものに戦車が与えられる。
パパは、今日は60点だった。
そんな語りを
周りの大人たちは優しく黙って聞き
ジョズエも欲しい戦車のためにゲームに参加する。

ある日、
グイドは、給仕をしていた頃に仲良くなった人を見つける。
ウィットに富んだ謎解きで、
グイドの魅力を知っていた彼は、収容所で軍医をしていた。

そして、軍医は
グイドに再び給仕としてのチャンスを与えてくれた。
過酷な労働から、収容所の所員の給仕係へ。
軍医は、皆の目の隙を見つけて
困っていることがあるとグイドに相談を持ちかける。

グイドにとって、
この相談の代わりに
自分たちの助けと言う一瞬の光が見えたのではないか。
しかし、彼の悩みとは、
ある人からの謎解きの答えがわからない。
一緒の考えてくれと言うものであった。

なんという虚しさ、無情。
人間の心を失った彼に
グイドは返す言葉もなかった。

全編を通して
描かれるのは、ただ、グイドの
どんな時でも前向きに人生を生きると言う思い
ジョズエのために
パパであり続けること。守ること。
そして、ユダヤ人でもないが
夫と息子の傍にいたくて、一緒に収容所に来た妻への愛。

ラスト。
ゲーム終了は、
ジョズエに戦車が与えられ、
グイドの嘘は嘘で無くなった。
そこには、嘘を越えた真実の愛が残されていた。

観た直後は、
ただ、ただ、お調子者のグイド
うるささにも閉口。
ナチスの本当のところを描いていないなどと
否定的な思いの方が強かったが
半日が経った今は
にこやかに
グイドが最後まで演じきったゲーム中の
行進の姿を思い出すと泣けてくる。

この映画が訴えたかったのは、
ナチスでも
強制収容所の姿でもない
ただ、ただ、
「ライフイズビューティフル」

笑顔でどんな時でも生きるという
思いを教えてくれるのかもしれない。

ニューシネマパラダイスでもそうだが、
イタリア人の底抜けに明るく人生を生きると言う
モットーが根底にあるのかもしれない。







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リンカーン〜LINCOLN
静かに歴史を観た。
そう、確かにいえる。
151分というドラマの長さは全く感じられない。
「人民の人民による人民のための政治」という言葉で馴染みの
リンカーン大統領の伝記である。
それも南北戦争の終結と共に
奴隷制度の廃止のために合衆国憲法第13条の修正案を
議会で可決する何日間の攻防にスポットを当てたものであり、
生い立ちから云々というものでもない。
しかし、リンカーンをしっかり味わった。

数々の言葉の重み。
何を思い、何を語らなければいけないか、
政治家には、バランスが大切だと思ったし、
リンカーンのユーモアの言葉に正義の言葉にぐいぐい惹き付けられる。

本来の目的を果たすために、
敢えて、偽善の言葉を発する時もある。
この両方をトミーリージョンズ扮する超党派のスティーブンスが
表してくれた。
どんなことがあっても修正案を可決しなければ、
戦争を終わらすとことも出来ない。
そのギリギリのラインでの票集め。
ロビイストも使う。
まだ、可決までの票が足らないと
なすすべを失った側近にリンカーンは言う。
私はアメリカ合衆国の大統領なのだ。
その権力を持って、相手の党の切り崩しを命令する。

票集めを見ながら、今の日本の政治も思う。
勝たなければ何も出来ないということ。

ダニエル・ディ・ルイスが、
アカデミー賞の主演男優賞をもらったときは、
三度目も何故に?と思ったが、
まさしくリンカーンに見えたし、
素晴らしいとしか言えない。
また、妻役のサリーフィールドも懐かしい顔でうれしくなった。
愛らしい雰囲気そのままで、
彼女も末息子役のタッドも同じように本当の彼らによく似ていた。

妻の悲しみや家族の悲しみに寄り添い公人としての激務に耐えるリンカーン。
秀逸な作品だと思った。
随所で、涙を誘うのも
そうした人間的な私的なリンカーンの姿が描かれているからだと思う。

暗殺されたことを知ったときの
タッドの悲しみの様子は、
なんとも言えず愛を感じた子どものもので、純粋に涙した。



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レミゼラブル〜Les Misérables
 レミゼラブル〜とは、惨めな人であり、
そこには、愛されることのなかった人が存在し、
そして、全編をつなぐものは、「愛」だった。

有名なミュージカルを映画版にしたもの。
ずいぶん昔では、日本では、道徳の時間に教わった話らしい。
一切れのパンを盗んだ罪で囚人となったジャンバルジャンが、
19年の服役後仮釈放される。
しかし、どこに行っても彼を見る目は厳しく、
人を信じられなくなった彼が起こした行動は、
暖かい食べ物と暖かい寝床を与えてくれた司教様を
裏切る行動〜銀の食器を盗んで逃げることだった。
監視下に置かれていたジャンバルジャンは、
逃げる途中で兵士に捕らえられ、
また司教様のところに連れられてくる。

盗人ジャンバルジャンに対して、
司教様は、「兄弟」と彼を呼び、
銀の食器は、ジャンバルジャンが言うとおり、
司教が与えたものであり、
おまけに、彼は急いでいたらしく、
銀の燭台を忘れて行ったと
さらに彼を擁護してくれた。
19年間の間に「人でなし」になってしまった彼を
魂があると言ってくださった司教の愛に目覚め、
その後の彼の一生が主軸となる。

冒頭シーンからスケールの大きさ、
ジャンバルジャンとジャペールの対立。
見所がたくさんで、
どこをとっても泣けてしまうのがこの映画だった。

アンハサウエイ演じるファンティーヌも
娘を思う
その限りない愛の叫びで感動をするし、
ジャンバルジャンの祈りの歌も
心を揺さぶる。

しかし、私が最後に涙して、
思うと涙がこぼれるのは、
レミゼラブル〜惨めな人
その一人ジャペールは、最後に救われたのか。
囚人の子として牢獄で生まれ、
彼が生きていく道は、警察しかなかった。
彼には、法しかなかった。
そして、執拗にジャンバルジャンを追い求めた彼は、
最後に問う。
「法か善か、」
生き方は間違っていたのか、
ジャペールは、
ジャンバルジャンに助けられたことで
戸惑い、
そして、また彼もジャンバルジャンを撃つチャンスがありながら
ひん死の人を救おうとするその姿を見て、
善の心が支配したのか、
引き金を引くことをやめた。
彼の命は、ジャンバルジャンに救われたが、
彼自身の生きる意志の道は閉ざされ、
揚げ句に自害する。
それが悲しいのだ。
この映画で、
無償の愛〜人を愛することが神がいることだと教えてくれるのなら、
すべてのものを救ってほしかった。
あのジャペールも天国で
皆と一緒に歌う姿が見たかった。
ラッセルクロウ演じるジャペールが
とても悲しく残っています。

そして、映画の中で
雨の中死んでいくエポニーヌの歌もとても秀逸です。
雨は、花を咲かすという歌詞がぐっと来ます。

銀の燭台は、ジャンバルジャンの最後まで
彼のそばにあったのも
決して忘れられない映画のシーンでした。
彼の回心の始まりは、
司教を通じて知った神の愛でした。



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ルルドの泉で〜Lourdes
聖地ルルドへの巡礼のツアーに参加したクリスティーヌ
彼女は、熱心な信仰があっての参加でもなく、
車椅子でも自由にいけるのが巡礼ツアーだからというだけのもの。
そんな彼女が
まず、手が動き、そして立ち歩くことが出来たのは
奇跡が起きたからなのか、一時的な回復に過ぎなかったのか。

信者が宗教的何かを見出すための
感動を望むような映画ではない。
実に計算された人間模様の映画。

人は、誰かの身に起こった奇跡と言えるような出来事。
うらやましいというような出来事にどう反応するか。
そんな邪念たっぷりの人間のお話。

毎年、母娘で巡礼に参加している熱心な人
献身的にボランティアで身を削っているセシル。
彼女らを差し置いて、
こんな信仰浅きクリスティーヌに奇跡が起こるなんて
信じられないと、
神父に迫る参加者もいる。

しかし、カトリックの教えの中で、
どれだけのことをしたから、
どれだけの恵みがあるという教えはない。
神様の恵みは、自由なのだ。
神様のご計画は、人間の想像を越えたところにある。

だから、反対にこんな風に
淡々と語られるルルドの奇跡は、ありなのか。
信じるのか、信じられないのかという結末で終わったのは
実際の奇跡の判定基準の厳しさを思うなら、
良かったんじゃないかって思う。

実に感動的に作られていれば、
宗教臭くて、嫌悪感を抱くものもあろう。

ツアーの最後の夜、さよならパーティで
よろめき倒れ、それでも立っていたクリスティーヌが
差し出された車椅子を拒んだ後に
やっぱり、座る姿で映画が終わる。

人々の無関心、関心、嫉妬。
クリスティーヌ役は、映画「サガン」で本人役で出ていた彼女。
サガンとはうってかわって
感情の出ない表現で、
彼女を取り巻く人間の俗な姿がとてもよく見えた。
それにしても彼女にずっと優しくしてくれたおばさんが
未だになぞめいた存在なのである。



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ラビットホール〜Rabbit hole
 事故で子どもを失った夫婦のその後の葛藤と悲しみ

一つの命を失ったとき、
どうやって、前に進めばいいのだろうか。

同じ境遇の人たちが語り合い、癒しあう集会に
一人息子ダニーを失った
二コールキッドマン演じる妻ベッカと
アローンエッカート演じる夫ハウイが参加する場面。

涙を流しながら参加した夫婦が語る。
「娘の夢を見た。
神様のところで天使になっていた。」

そうするとそれを遮るようにベッカが言い放った。
「天使になる?
天使が欲しければ、神様が創ればいいのよ。
何でも出来るのが神様じゃない。」

その場のみんなは何も語ることがなかった。

あなたはどう思うだろうか。
ベッカの気持ちもとってもうなづけるものだ。
不意の息子の死という悲しみを受け止めると言うことは、それほど難しい。

結局、ベッカはその集会に行くことをやめて、
彼女なりに模索する。
偶然出会った
事故の加害者の高校生との交流は、
ベッカの再生には、必要なものでした。
わけもなく涙する気持ちも伝わってきます。
彼にラビットホールを教えてもらうのです。

一方、ハウイは、集会に出ながら

ある女性といろいろ語り合う中で、
彼女が子どもの死によって、
二人が上手くいかなくなり、
とうとう、夫が出て行った、捨てられたと聞かされる。
同情はありか?

そこで、ハウイが彼女に
「僕は心から妻を愛している」
と何度も何度もいう場面があるのだけど、
あれほどヒステリックに人に八つ当たりする妻
何を言ってもかみ合わない妻
それなのに愛されているベッカが
どれだけうらやましく思ったんじゃないかって思う。

ベッカには妹と母親がいて
10年前にベッカの兄は、亡くなっている。
母親が言う。力になれることがあればなりたい。
私も息子を失ったことには変わりはないと言うのだけど
善意を真正面から受け取れないベッカ
しかし、母親にとって
どんな子ども達でもみんな愛の対象なのだ。

母親がベッカに伝える悲しみの応えはこうでした。

悲しみはね。
決して、消えはしない。
最初は大きな石のような悲しみ。
それが変わっていくのよ
そうね、重さが軽くなる。
耐えていけるくらいになるのよ。
ポケットに入るくらいの小石になって
時々、ポケットに手を入れると
その悲しみを見つける。その存在を思うの。

ラストシーンは、
やはり答えはありません。
ただ、ベッカが隣に座っているハウイの手に
自分の手を伸ばしたことが
なんとか乗り越えようとする愛を感じました。
二人で小石を確かめあい
永遠に忘れることの出来ない悲しみを持ちながら人生は進んでいく。

作家の曽野綾子さんが言ってましたけど
人生のベースは、悲しみだって。
誰にも悲しみはあるんだもの。
だから、愛を見つけるんだもの









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ルイーサ~luisa
定年間近のルイーサ。
彼女はネコのティノと二人暮らし。
単調なリズムの中で
二つの仕事を掛け持ちして生きている。
ティノが亡くなった朝
一つの仕事場〜
霊園に行けば、解雇!
退職金等は銀行から連絡があるというので
その場から去っていき、
その日の夕方、もう一つの仕事場に行けば
雇い主である女優からも解雇を告げられ、途方にくれる。

そして、追い討ちをかけるように
待っていた銀行からの手紙を頼りに
そこへ向かえば、たった20ペソのお金しか入ってない
そう、退職金もなにもなかったのだ。
途方のくれる人生の始まりだった。

映画は
ラテンのリズムが流れる。
暗くないのだ。
年も老い、お金もない、あてもないのに
60歳のルイーサは
しみったれていない。

ティノの埋葬費を稼ぐために
彼女は行動をする。 
地下鉄の電車の中での
若者の行動を見て、
自分もなりふり構わずお金を稼ぐことをやり始める。

乗客に嘘八百を並べて
一ペソでカードを買ってもらおうとする
すごい!
その勇気。60歳の羞恥心はどこ?
けれど、とうとうお金にはならず、
身障者を装っての物乞いをすることになる。
これも
すごい!
品行方正、慎ましく生きてきたであろうルイーサが
模範のような彼女が
ここまでしちゃうの?

そこで知り合った本当の身障者であるオラシオと
交わす会話。
彼女は、裸の心で向き合った。
二人で稼いだお金。
アパートに招いたオラシオから
何があったのか話してごらんと聞かれて、
私のほうが、
ぐっと涙してしまった。

ルイーサは、夫と娘を同時に亡くして
がんばって生きてきたし、
ティノも死んじゃったの。
今は一文無し、頼るところも無かった。

それから、アパートの管理人のホセにも
本当のことを伝えて、
これからどうするの?と聞かれ、
確かにどう生きるのか。。
とルイーサも思うけれど
力になりましょうといわれるところが
救いになります。

三人でネコのティノを埋葬するとき、
ルイーサの流した涙はなんだったのだろう?

そのあとに流れるラテンのリズム
地下鉄で若者に
「ルイーサ〜!」と声かけされる向こうには
どん底から立ち上がったルイーサが立っている。
どんなことしても
生きてやる!
そして、自分をわかってくれる人もいるのだ。
心を開いて
人の世界も捨てたもんじゃない。
あきらめないで。
ルイーサは、生きていく。


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ライムライト〜Lime light
梅田の劇場はほぼ満員。
私は、 最初から泣きっぱなしだった。
チャップリンの感性の素晴らしさ。
「うん・うん。うん。」
チャップリン演じるカルヴェロの言葉一つ一つが
私の心も癒してくれ、勇気をくれる。
どんな精神科のセラピーのお薬や言葉よりも
心を包みこむ言葉をくれるのだと思う。
もし、死にたいくらいつらいことがあったら、
この映画を観るといいと思う。
あなたの苦しみを誰もわかってくれなくても
チャップリンがわかってくれる。

お話は、昔は有名だった喜劇王カルヴェロが
自殺未遂をおかした若きテリーを救ってからの愛のお話。

ひとつひとつの台詞を
思い当たるだけ、書き残します。
どうぞ、本当に
心からのチャップリンの人柄を
スクリーンで観てほしい。

悲しみがどれだけあれば
あれだけの感性ある人になれるのだろう。
しぐさ、ひとつひとつに
愛が溢れて、
私だってテリーのように
憐れみとかじゃなく
愛している以上のものを感じて、
自分からカルヴェロに求婚するだろう。

カルヴェロが、最初に歌う歌も大好き!
「lovelovelovelovelovelovelove」と繰り返す。
虫けらだって「愛」があるのだ。
もう、そこからなんともいえず泣けてきます。

チャップリンの感性そのものの言葉たちは
以下です。

「なぜ助けたの?」
「なぜ死を急ぐ? 苦しいかね? 
問題は生きる事だ。あとは考えないでいい。
人間は数十億年かかって存在を確認した。
それを君は消そうとしている。
宇宙のどんな物よりも重要なものだ。 
星に何ができる?何もできぬ。ただ静止している。 
そして太陽だ。45万キロの彼方から熱を放ってる。
それが何だ。自然の資源を浪費してるんだ。 
太陽はどうだ?意識がない。だが君にはある」

「人生は願望だ。意味じゃない。
人生はすべて願望だ。
バラはバラになろうと望んでいる。
岩は岩になろうとしている


カルヴェロの優しい介抱がうれしいけれど
テリーが自分がカルヴェロの厄介者だと思う場面で
「いいえ、やっかいなお荷物よ。でもあなたが命を救ったからよ」
といえば
カルヴェロは、
相手を責めることなく
さらりと優しい言葉を投げかけます。
「誰でも過ちを犯すさ」


「若い娘が命を捨てるなんて。年を取れば命が惜しくなる」
「なぜ?」
「生きている事が習慣になるんだ」
「希望がなくても?」
「瞬間の命を生きればいいんだよ。すばらしい瞬間がいくらでもある」
「でも病気よ」
「私は半年前に死ぬと言われたが立ち直った。死と戦うんだ」
「私は戦いに疲れたわ」
「諦めちゃだめだよ。幸福のための戦いは美しいもんだ」


「人生に必要な物は、勇気と想像力とほんの少しのお金だ」

「君は戦おうとしていない!たえず病気と死を考えている。
死と同じく、生も避けられない。
生命だ。命だ! 
宇宙にある力が地球を動かし、木を育てる。
君の中にある力と同じだ! その力を使う勇気と意志を持つんだ!」




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ライフ〜いのちをつなぐ物語
 地球上には、
現在確認されている500万種の動物がおリ、
それは、
500万通りの生き方があるというナレーションから始まった。

そうだ、確かにそうなんだ。
人は、サルの生き方も出来ないし
サルもトラの生き方は出来ない。

過酷なマイナス30度の世界で赤ちゃんを産む
オットセイのお母さん。
何故?こんなところで。。
天敵から赤ちゃんを守るため。
そして、吹きすさぶ雪嵐の中で
お母さんが盾になって
じっと赤ちゃんを守る。

生きるとは、産み、育て、守ること。

ニホンザルの親子。
寒い寒い冬。
彼らが見つけたのは、温泉。
そして、彼らは温泉に浸かっている。
私達が見るその光景は、実はもっと厳しい現実があったのだ。
暖かい温泉に入れる猿は限られている。
温泉に浸かることもなく
ただ見つめるサルもいる。
そう。。
強い部族しか
温泉に入れないのだ。

種というものは、強いものが繁栄していくのだ。

水だこのお母さん。
一生に一度の出産。
たくさんの卵。
それが孵化するまで、
半年間、お母さんはそこから離れない。
そして、命をつないで、彼女の命は終える。

命を賭け、生き、
そして、生き抜いて、次への命のリレー。

すべての動物が
神秘としか言いようのない生を感じて
それを全うして生きている
そう、本能。

神から与えられた
「生き抜く」という本能。

他にもイチゴヤドクガエルの子育て。
個人的にはこれが一番感動しました。
神さまってすごいと思ったから。

キリストとかげというトカゲ。
それも奇跡の「生」

葉きりありのきのこ栽培
小動物ほど、神秘的な神の創造を思わずにはいられません。



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  • 縞模様のパジャマの少年〜The Boy in the Striped Pyjamas
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