映画を語ろう。
愛を語ろう。
SHAME 〜シェイム
私達は、悪い人間じゃない。
悪い場所にいただけなんだ。

妹シシーのこの言葉を頼りに
セックス依存症の兄ブランドンと
彼らの秘密の関係を想像しなければならない。
アイルランド育ちの彼らは、
悪い場所で、
何かの事情で、
世間で言う過ちを犯さなければならなかった。
悲しいかな、過ちは過ちで終わることなく
お互いに一番愛する人は、
兄であり妹であるという確信から逃げることの出来ない現実だった。

会社のトイレで、
家のシャワールームで、
ブランドンは、自慰を行なう。
それは、快感と言う様な人間的な思いを越えたもので、
自分の精神を守るための一つの作業とかしている。
その姿が余りにも悲しい。
娼婦や一夜限りの女性としか行為が出来ない。
少しでも好きになろうとした女性と
感情を入れようと思うならば、
シシーの姿が邪魔をするのだろう。抱けないのだ。
失意のあとに、精神を取り戻すかのように
シシーを思わせるような金髪女を激しく抱く。
彼は、禁断の愛する人がいるゆえに
恋愛することが不可能なのだ。

ブランドンのただ、ただ、行為にふける姿が
一心不乱の彼の形相があんまり悲しくて、
涙がこぼれてしょうがない。
愛する人と行為が出来ないとは何と悲しいことか。
セックスは、いったい何のためのものなのか。
悲しみか、苦しみか。

救いようのない地獄。
世間がどう見たっていいじゃないかと
シシーと一線を越えればと思うけれど、
そんな簡単な愛で解決できるものではないのだ。
お互いに深く愛しすぎたのだ。
彼の依存症と同じく
シシーの腕にも何回かのリストカットの傷が残っているのだ。

そして、兄から拒絶されたシシーに腕にもう一つ
カットの傷が増えた。
その現実の中で泣くブランドン。
今日もまたブランドンは地下鉄の中で、
キャリーマリガン演じるシシーに似た金髪の女性を見つめている。

シシーが歌う「ニューヨークニューヨーク」は、
切実な彼女の思いのようで、悲しかったです。
以下。。
「この街で暮らしてみたかった
 この眠らない街で目覚めてみたかった
 古い街ニューヨークで 新しい人生を始めたかった
 もしここで生きていけるのなら
 ここのどこかで生きていけるのなら」

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RED〜レッド
 ハラハラドキドキながら
決して、正義は滅びない〜そんな痛快アクションコメディ
こんなに手放しで楽しめたのは、
ブラッドピットとアンジェリーナージョリーの
Mr. & Mrs. スミス」以来だ。

REDとは、Retired Extremely Dangerous
〜引退した超危険者という意味らしいけど
映画の字幕は、超危険な年金生活者と訳される。

元CIAのブルースウィリス演じるモーゼスが
恋している年金係に電話するところから始まるから、
日本語ならではの、感じる訳。

理由もなく狙われた元CIAであるRedたちが
その謎を解いて犯人をやっつけるお話なんだけど
出てくるスターがスター!
年金生活者の年齢になっても
こんなにもかっこいい姿を見せてくれるっていうのは
どうして、こんなに心地よいのだろう。
特に
Redの紅一点ヴィクトリア
を演じるヘレンミレン
射撃の腕はぴか一。
普通に暮らしていても
ひそかな仕事をしているのよと言いつつ、
見せてくれるその腕前と美しさに惚れ惚れする。
白いドレス姿で
作戦を開始する姿にも優雅さとか
余裕が見れて、こんな風に美しく年を取りたいと思う。

モーゼスとの関係が本当の恋人関係になってしまう
年金係のサラも
変に色がついていない演技で
個性豊かなREDというプロ集団の中にあって
素人の庶民の感じがいいと思います。

夢物語のような痛快アクションだけど、
こんなゴージャスに楽しめる映画もまた素敵。

ブルースウィリスは、ダイハードでも然り。
パルプフィクションでも然り。
死なない奴!だなと改めて思いました。




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Somewhere
 ソフィアコッポラ監督が金獅子賞を取った映画。

ハリウッドで
自堕落な生活を送る
スターであるジョニーマルコの
前妻との間にできた一人娘クレアと
過ごす日々の中で
素直に
ただ、素直に
愛の大切さを知り、回心していく姿を見ればいいのだと思う。

実際、大切なものは何だ?と聞かれれば
皆知っているはず。
それは、「愛」なんだ。
しかし、わかっちゃいるけど、
実体験として、自分の中に刻むのには、
孤独や哀しみを伴なわないとなかなかわからないことが多いのだろう。

最初のシーンから退屈。
何度も何度も執拗に車が画面上を走る。
次のシーンでは、
マルコの宿泊している部屋でポールダンスを披露する二人の女の子
ただ、延々と
台詞もなく
どこに何を持っていいいのかわからないほど
退屈な時間。
私も早送りをしたくなる。
でも、これが結局、マルコの生活。
どんなに刺激的なものを与えられたって
空虚で満たされない毎日なのだ。

そのあと、
前妻から長期間預かってほしいと言われた娘が
披露するフィギュアースケートの踊りの場面では、
はじめに、携帯のチェックはするけれど、
あのポールダンスとうってかわって
一生懸命娘のスケートに見入るマルコ。
彼の人生が動き出した。

セレモニーでイタリアに行くのにもクレアと一緒。
ホテルの部屋で遊ぶのも
ご飯を食べるのも一緒。
クレアという娘と共に過ごす時間の中で
彼は、
誰かのために
生きる人生を感じ、それが
知らず知らずのうちに
自分が歓び生きるということだと
感じ始めた。

娘をキャンプ場へ送り届けるということで
二人の生活が終わるとき、
その空虚感から、
生まれたもの。
感じた思い。
これから先の人生。
それがラストシーンへ向かっていく。
そのラストシーンは、私には唐突。
しかし、かといって、どのようなラストにすればよかったのかと思えば
象徴的なあの道のシーンでよかったのかもしれない。

女遊びはするし、いい加減な父親なんだけど
素直に謙虚に自分は、
空っぽだったと認めるきっかけは
愛だった。



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NOEL〜ノエル 星降る夜の奇跡
偶然ですが、
 今日からクリスマスに向けて
カトリックにおいての待降節が始まりました。
私たちは、天から降ってくる恵みを待つ季節です。

ノエルとは、クリスマスのこと。
クリスマスを過ごすのには、
ちょっと寂しすぎたり、悲しかったりする人たちに
奇跡の起こる物語であり、
心あったまって、涙が出てしまいます。

出版会社に勤めるローズは、バツ一であり
父の介護、そして、今は母の介護に明け暮れ、
自分の幸せを考える心の余裕もないクリスマスイブを迎えます。

独り暮らしのジュールズは、
14歳の頃、鼻を折ってクリスマスイブに病院へ行き
そこで味わったパーティーの幸せが忘れられなく
もう一度、自虐行為をして、病院でイブを迎えようとします。
それ以上の幸せな日々がなかったのです。

結婚間近のニーナとマイク。
彼らは、マイクの執拗な嫉妬で、
振り出しに戻りそうなイブを迎えてしまいます。

そんな最悪の
ローズ、ジュールズ、マイクに
クリスマスイブの夜、
関わる人たちが
それぞれに
奇跡を起こしてくれるのです。

特にローズへの奇跡は、
ロビンウィリアムズ演じるチャーリが
元神父ときたものだから、
とっておきの神さまの贈り物のよう。
ローズが埠頭にたち、
飛び降りようと思っているそばに現れてから
彼女の家で迎える二人のクリスマスイブ。
ローズが自分の人生に疑問を持つと言えば
他人の人生に影響を及ぼしているし
チャーリーを救ってくれたという場面や
十字架への一筋の光は、ローズは祝福されていると感じます。

マイクに関わってくるおじさんも
彼の過去の過ちと許しが
マイクの今の姿とオーバーラップして
偶然じゃなくって
マイクを救ってくれるために現れた。
ニーナと幸せになるために現れてくれた人であり
お互いに「許し」と「感謝」を感じるような奇跡。

どの場面でも
エンジェル〜天使がどこかにいます。
見つけてください。
ジュールズの場面でもカウンセラーの彼女のペンダントは天使。

天使は、神のみ使いです。
天使のオーナメントが断然欲しくなりました。
あと、一月、
私も飾り付けすれば
何だか奇跡が訪れそうな気がする映画でした。







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The Last Day
オープニングからの予感
終わりに近づくにつれて
嫌な予感がずっとしてて、
そして、映画が終わってからのエンディングロールは、
ずっと余韻を残してくれる。

愛を知り、愛に泣き、愛は何を求め、愛はどこへ

シモンとルイーズとマチュの関係は、
昔観た映画、アランドロンの「栗色のマッドレー」をちょっとだけ感じさせてくれた。
それは、うまくいってる三角関係。
マチュのことを思っているシモンにも驚かされるけど
ルイーズという女性が加わって、
その淡い思いもいつかはあきらめなければいけない
終わりが来るんだな。
マチュを愛したルイーズは、シモンに別れを告げる。

灯台と海。
プールの中でのシモン
海岸での彼ら。
水と共に映し出される
それらは、なぜかしら悲劇的で悲しい。
遠い灯台の灯りは何を照らしてくれる?
プールで何度も何度も潜るシモンの行き先は?

シモンを何よりも愛する母
家族バラバラの関係には、何があった?
真っ二つの親子の関係は何なのだろう。

ママの罪と愛は、あっけなく表現されているけど
大きすぎる。
彼女の愛の行動シーンは、本当に好きということには、
愛の再燃とか不倫とか飛び越して
肉体が不可欠だと思えたし、そうなるものだと感じさせる。

あっけなかった表現の理由は、

最後にシモンに彼女の愛の秘密を告白する形で表れる。
戸惑うシモンの心をどうやって感じ取ればいいのだろう。

私もやっとルイーズがシモンに別れ際に言った
「別の意味で愛している」という意味を知りました。
彼らは兄弟だったんだ。

ほのかな恋心は、何故に散らなければいけなかったのか
あまりにも残酷じゃないかしら?
こんな知り方しか選択肢がなかったのか。

本当の父親だった人とも
ひとめ会うことも出来ず、ガラスのハートのシモンは、ガラス窓へと向う。

詩的だし、
一話完結という類の映画ではないです。

美しき生と散ってしまった若い死を思えるのなら。
人生は残酷に美しい人を迎えるとこもあると思えるのなら。
エンディングロールの彼に会ってほしい。





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NINE
 映画作りに煮詰まった監督と彼を取り巻くいろんな女性のお話

NINEとは、監督の9番目の作品。
どうにもこうにもいき詰まり、一度は、映画作りをやめた彼が
2年後に再び、その世界へ戻り、彼の元から去った妻を
本当の愛を取り戻すことをはじめる。


主演のダニエル・デイ・ルイスは、充分魅力的で悩める監督であり
女性に対しては、いい加減で優柔不断な感じをうまく表している。

女優達の中では、
まず、最初から終わりまで、
監督グイドのよき相談相手を演じるジュディ・デンチは、素晴らしい。
「恋に落ちたシェークスピア」でも
「プライドと偏見」でも容赦なく存在感があったのだけど、
この映画でも子供のような甘ったるいグイドを優しく包んでくれる。
彼女の歌と踊りの場面も
少年時代のグイドを登場させて、
エンターテイメントって言うのは、夢と愛と笑いだと教えてくれる。

すべては、そこに何もかも終結するのでは?
彼の仕事は、そこに向っていくものではないかしら?


そして、砂浜の娼婦サラギーナを演じたステイシー・ファーガソンの踊りと歌は
最高!のエンターテイメント
素晴らしい。
赤い色、 砂、 タンバリン
歌は、Be Italian とくれば、情熱を感じられずにはいられないです。

作品全体を思えば、
盛りだくさんの魅力的な女優で、おなかがいっぱいになり
監督グイドに焦点をあてにくい感があるけれど、

ふと思い出すのが、
「ニューシネマパラダイス」
こちらは、少年時代のトトが成長していき、映画監督になるまでの
愛に満ちたさまざまな人との出会い。
愛を知り、愛に満たされ  
彼の今があるんだというお話。

かたや、NINEは、一度は成功を収めたグイドが、
少年時代のグイドの目を通しながら
愛を失い、愛に迷い、一番大切な本当の愛を
もう一度知って、再出発する彼のお話。

つながってるような感じがしました。

すべては、愛と夢と笑いと。

エンターテイメントは、映画は、そうして作られる。
愛がなければ、エンターテイメントは、語れない。



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This is it
 愛ラブユー

無念の死をとげたマイケルジャクソンの公演前のドキュメンタリー

歌を知らなくても、ファンでなくても
1人間としての彼の偉大さを感じる映画でした。

どこまでもどこまでも優しさで皆を包んでくれる。
ギタリストの彼女は、最高だね。
マイケルに
「ここは君の見せ場なんだからね。 僕が一緒にいるから」と
やさしく激励してもらえる。

人は、いっぱい悲しみや苦しみがあるほど優しくなれるのかな。

スタッフと一緒になって 一生懸命いいものを作り上げようとする姿勢が謙虚だった。

地球に対するプロジェクト
4年間で何とかしなければいけない。

そう、地球は瀕死です。
私たち人間は、自然が一番でその中で静かにいきるべきなんだけど
傲慢な生活しかできなくなっちゃったね。

アイラブユー すべてにアイラブユーの気持ちがあれば
もっと自然も動物の人間も幸せになれる。

心を癒される映画でした。

そして、とにかくマイケルには花がありました。
だれよりも踊りも輝き
だれよりも素敵でした。
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