映画を語ろう。
愛を語ろう。
ラ・ラ・ランド 〜La La Land

JUGEMテーマ:洋画

 

女優になる夢をもつミア

その日を目指して

今は、ハリウッドの撮影場所のカフェで働く。

 

ジャズピアニストのセブは、今風のジャズではなく

古き良きジャズの流れる自分のお店を持つことを夢としている。

 

そんな二人の出会いの春夏秋冬とそれから。

 

まるで、ディズニーの世界を見ているかのような色使い

曖昧な色ではなく、12色というか原色

それは、目が覚めるようなオープニングだった。

 

オーディションになかなか受からないミアと友達は、

クリスマスの夜、

人脈という出会いを求めてパーティーに向かうが

何ら得ることもなく、おまけにミアは車をレッカーに連れて行かれ

歩いて帰る羽目になった。

 

ポツポツ歩きながら、耳にした音に吸い寄せられるように

ミアは店に入った。

彼女の心に触れた音は、セブの弾くジャズのメロディ。

 

 

しかし、オーナーの指示通り、クリスマスソングも弾かず

好き勝手な音楽を弾いたセブは、

その時まさにクビを言い渡された瞬間であり、

ミアなど目もくれず店を出てしまった。

 

人生のすれ違いは、もうそこから始まっていたのかもしれないが。。

 

その後、あるパーティーで再会する二人。

微妙に何かしら

二人の心は求め合うものが一緒だと感じるようになっていき

夢を語り合いながら、同じ方向を見つめるようになった。

 

一つ一つのシーンのミアは、

シンプルなワンピースで

彼女の大きな目と白い肌が一層素晴らしいものにしているように思う。

 

魅力的な主人公ありきなのだ。

 

セブは、ミアの夢を叶えたい気持ちがいっぱいだった。

それにはお金が必要だ。

 

友人の言葉にも耳を傾け

ただただ頑固にジャズを通すのではなく、

知ってもらうことだという考えもありきだと

友人とのバンドを組み、それだけのものを得るようになった。

お金と成功。

 

しかし、

夢は、お店だったんじゃないの!と詰め寄るミア。

その辺がじれったいが、誰のためでもなくミアのためなのだ。

 

セブは、ずっとミアのため

ミアが挫折しそうになっても

彼女の夢ために 気持ちを押し上げる。

 

ミアの1人芝居の挫折の後にめぐってきたチャンス。

好きだから、出来ること

精一杯アピールできること。

あきらめの彼女を夢の道に連れ戻す。セブの深い愛

 

それからの5年後、

それは、5年前のそれとオーバーラップして物語りは進行する。

 

最後の最後まで、どんでん返しを期待するのは、

子どもじみたハッピーエンド信奉者。

本当の幸せは、どこにあるのか?

 

ミアはミア

セブはセブ。

お互いに夢を追いかけた価値観。

そしてお互いに夢をかなえた。

 

同じレールの上で二人で生きるだけが愛じゃないのだ。

 

女優になったミアには、もっと叶えたい夢があるだろうし

セブも望んでいるはずなのだ。

そして、自分のお店をもったセブにも

もっと叶えたい夢があるだろう。

 

二人の夢は広がって大きくなって、叶っていくこそ意味がある。

 

 

5年ぶりの再会のセブのお店で

何も言わず去っていくラストシーン。

振り向くミア

 

そこには哀愁とか後悔とかそんなものじゃない

 

離れていても見てて! 

私やるわ!

夢を叶え続けるわ!

 

そんなミアの声が聞こえてきそうなラストの情熱的な見つめあい

 

上質な物語だと思った。アカデミー賞をとれたのも頷けた。

 

 

 

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カリートの道〜Carlito's Way

JUGEMテーマ:洋画

 

元麻薬王であるカリートは、弁護士デイブの力で、

20年の刑期のところ5年で出所できた。

 

さて、それからのカリートの夢見る道は

周囲の思いとは裏腹に、堅気の幸せへと続く。

 

マフィアとはまったく関わることもない

バハマでレンタカー屋で、観光客相手に商売をすること

5年前に別れた愛しいゲイルと共に。

 

カリートを演じるアルパチーノ。

漂う雰囲気は、手の届かない圧倒的な存在感と悲しみ。

 

どうしてこうも魅力的な演技というか

いやいや、もう、マフィアそのものだと思わせてくれる

今どき、こんな俳優はいるのだろうか?と思った。

 

誰も真似できないアルパチーノという芸術感

 

カリートが投獄されていた5年間で何が変わったか。

チンピラだらけになってしまった裏社会。

裏切りから裏切りへ、けちをつけたくなるような奴らの中で

仁義を重んじるカリートは、もう過去の人なのか。

 

カリートの弁護士デイブ役は、ショーンペン

オープニングシーンのデイブのきちんと感から

どんどん崩れていく人格というか

堕ちてゆく、最低な奴に成り下がっていく感じが、

ショーンペンならではの演技力だと思う。

 

律儀なカリートと自己中の勝手なデイブが対照的だ。

 

カリートは、借りを返すということにこだわりすぎた。

だが、それがカリートの生き方。俺なのだ。

だからこそゲイルが愛する男。

 

ハラハラドキドキ感のクライマックス。

そしてそれも美しく美しく描かれる。

 

恩が仇になってしまったか。

いつの時代でも容赦ないところまで、根絶せねば自分の身はもたない。

 

ゲイルとの何度かの問答で

「人を殺したことがありますか?」の問いかけに

簡単に話せるものではないと

満を持してすることではなく

殺される前に殺すとい大前提をカリートは話していた。

 

が、堅気になりたくて殺さなかった唯一のチンピラが

最後に出てくるのは、予想外の展開だった。

 

まだ観ていない「ゴッドファーザー」も見たくなった。

それほど、アルパチーノは素晴らしかった。

なにもかもがそのものすぎて

どういったらいいのかわからないアルパチーノ

 

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未来を花束にして〜Suffragettes

JUGEMテーマ:洋画

 

イギリスで起った婦人参政権を求めての運動を扱った映画であり、実話。

 

未来を花束にして〜この邦題から

こんなに硬派な映画を想像するだろうか?

主演は、キャリーマリガン

私のお気に入りの女優であり、他にもヘレナボナムカーター

メリルストリープとくれば、女性の自立を真面目に取り上げるものだと

思っていたが、

邦題は、映画に関わった人に対して

あまりにも失礼なタイトルではないですか?

 

 

モードワッツは、洗濯工場で働く。そこは劣悪な環境で賃金も安い。

しかし、友人の代わりに議会の公聴会で、

工場での働く環境について、友人の原稿ではなく

モード自身の思いを語ることによって、

何かしらの気持ちが芽生えた。

考えることなく当たり前だと思っていた洗濯工場での労働。

 

家には、夫と息子。

男の子であるから、息子には洗濯工場での過酷な労働はないが

では、もし女の子が生まれたら?

素朴な疑問に

夫は、モードと同じだと告げる。

 

女性には未来はないのか?

生まれながらに差別のある社会。

 

それからモードは婦人参政権を求める運動に加わっていく。

 

運動に理解をしてくれない夫から、

離婚を言われ、息子の親権は夫のものとなった。

つまり、法律は男が作り、

その法律によって、親権は男親となっていた。

 

モードの決心は、ここから本物のものとなった。

親権を取り戻すために、女性の参政権が必要なのだ。

だからこそ運動をし戦う。

 

 

公聴会ではあれだけ優しく話を聞いてくれたのに

結局は認めないという発表を聞いたモードたちの口から

「ライアー。ライアー!(うそつき)」と叫ぶのが印象的だった。

 

 

当たり前のように主義主張を唱える現代まで、

過酷な野蛮な歴史があったことをつくづく思う。

 

過激な女性たち。

ガラスを壊し、

ポストは爆破し、別荘も爆弾でぶっ飛ばす。

 

命を賭けて、そこまでしなければ振り向いてくれない社会。

そして、刑務所に入れられ つらい仕打ちを受けても

続けていく勇気。

 

生き方はさまざまである。

しかし、女性だから、男性だからという枠の中で

忍耐するだけが正しいわけでもない。

 

 

モードは、洗濯工場では、ある意味優遇された立場だった。

それは、経営者からの性的虐待があったからであり、

黙すしかない現実があったからだ。

 

だが、

同じようにまた若い女性に繰り返される現実を知った時

彼女の取った行動に溜飲が下がった。

二度と同じ悲しみを味わわせないという決心。

 

自分のためだけに生きるのではなく

社会のために

未来の女性たち、子ども達のためにモードは立ち上がった1人だった。

 

 

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フォーエバーフレンズ〜Beaches

JUGEMテーマ:洋画

 

音楽も映画のラストシーンもストーリーも知っていても

それでも、

鑑賞したかった。

 

この世で一番尊い愛〜私は友情だと思っている。

女性二人の友情のお話

 

出会いは、ビーチ

迷子になったお嬢様ヒラリーと

ショーの間の息抜きにやってきた歌手志望のCC

 

偶然にCCの子役のオーディションに立ち会うことになったヒラリー。

 

選ばれたのは、CCではなくアクロバットの逆立ちをする少女。

しかし、ヒラリーは断然、絶対CCのほうが良かったと認めてあげた。

 

わずかばかりの時間の中で

素直な子ども時代だから、分かち合える心と心

屈託なくはしゃぐ中で、友情の芽ばえを感じ、二人は、文通を始めた。

 

全く違う環境で、全く違う感性の中で

バックボーンなど関係なしに本音で語り合える日々。

ヒラリーは弁護士に CCはビッグスタートしての成功を夢見るのだ。

 

 

そして、時は経ち、大人になってからの再会。

ヒラリーは初めて自分自身の意志を持って行動を起こしたのだ。

二人で共同生活を始めるのだが、

恋愛感情をきっかけに喧嘩となり、友情にひびが入った。

 

女性の友情が続かないのは、殆どがここにある

恋愛感情〜つまり、男性が関わると男女という従属的な関係から、

主体的な女性と女性の立場の友情が崩れるのだ。

 

しかし、彼女らの友情は、そこで終わらずっていうお話なんだが、

とにかく、最初から最後まで泣けてしまってしょうがない。

 

ベッドミドラー演じるCCの強烈なパワー。

スターになれる人って、わがままなくらい自己主張があってこそのもの

求めすぎて、ウザックって、

お守りをするのは、普通の人には疲れすぎる。

 

ただ、それは情熱を押し殺すことなく発散し、

表現する力があると言うことだ。

その良さをわかってあげる人は誰なの?

わかってくれた人は誰なの?

 

CCは、喧嘩した後、何度も何度も手紙を書いた。

あの頃のように、大好きなヒラリーへ。

素直に心を綴り、それに対するヒラリーの言葉を求めて。

認めてくれるヒラリーの言葉を求めて。

 

しかし、一通の返事も書かなかったヒラリー。

 

そんな二人がもう一度再会したのは、

CCがスランプであり、ヒラリーが、夫の裏切りによって

1人で赤ちゃんを産むと決めた時。

 

本音を叩きつけながら、

また、二人の友情が育まれていく。

 

陰と陽。

表と裏。 明るさと暗さ。

欲しい物は、自分にないもの。

だからこそ二人の求めるのは互いの二人

自立してそれぞれの道を歩むお互いだからこその友情。

 

ラストに流れる歌「愛は翼に乗って」

その通り、CCがスターになれたのは、ヒラリーの風があったから。

あなたがいたから、高く高く飛べた。

ヒラリーの言葉がCCに勇気と自信を与えてくれた。

だからこそ、ヒラリーがCCにとってのヒーロー。

 

 

最初の頃のオーディションのシーンで

CCが歌っていた歌詞に、

私には美貌も頭の良さも何にもない

でも、健康があるの! 

それがあれば最高〜というようなものがあった。

 

実に、CCは、健康で元気であり、それが彼女の個性であったと思う。

 

美貌、頭の良さは、ヒラリーであって。。。

悲しいくらい永遠のラストにつながった

 

スケートの浅田真央ちゃん、歌手の今陽子さんが、

思い出の曲に挙げていた。

翼を支えてくれる風の存在を確かに感じたからなのだと思う。

 

原題の「ビーチ」

ビーチで芽生えた友情は、ビーチで永遠の友情になった。

どこに視点を置くか。

象徴的な原題を思った。

 

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ジュリア〜Julia

JUGEMテーマ:洋画 

 

ジュリアとリリアンの友情。

そして、リリアンとハメットの愛

 

幼馴染のジュリアとリリアン。

劇作家になったリリアンにジュリアからのお願いが伝えられた。

使者から聞かされたことは、

ファシズム運動をしているジュリアの資金を運んで欲しいという願いだった。

 

列車を使い、リリアンが運ぶ資金。

ナチスの目を気にしながら、無事運ぶことが出来るのか。

 

次から次へと 

ジュリアの同士なのか リリアンをフォローしていく彼らとの出会いはスリリング。

 

何処かで誰かが、犠牲になるんじゃないかと思ってしまったり、

ただ、ジュリアのことを知っているんじゃないか?と

リリアンが聞くようなそぶりがないのは、不思議に思えるが

言葉は無用なのかもしれない。

そんな余裕もないのか、恐怖なのか。

 

無事、資金をジュリアに渡し、リリアンも仕事先のロシアについたが

ジュリアが殺されたことを知る。

 

ジュリアの葬儀のためにとリリアンは奔走するが、

すべては、抹消されてしまった。残ったのはお金にまつわるエゴ。

皆 ジュリアのお金が目的だった。

 

友のために走る。

自分は何が出来たのか。もっとジュリアのために出来ることはなかったか。

リリアンの思いは切ない。

 

幼い頃から、ジュリアの真似ばかりしていたリリアン。

憧れ、尊敬 大好きなジュリア。同性だからとか異性だからとかではない友情。

リリアンにとってジュリアは、何もかもが素敵な存在だったのだ。

 

ジュリアは、お金持ちでありながら、お金持ちのエゴに反発する道を選んだ。

純粋であるからこそ、医学の道にも進み

純粋にファシズムの運動を支援した。

 

昔、日本でも高い教養のあるものがそういった運動に入ってく歴史もあった。

世の中の矛盾に純粋な彼らは傷つくのだと思う。

だから、理想に向かって命を投げ打つ。

 

そして、ハメットという男性。

ジュリアとリリアンの友情を理解し、

リリアンという気性の激しい怒りん坊を優しく愛した。

 

優しく愛するとは、こういう愛しかたなのでは?

たとえ強い口調でリリアンに語るときもあっても包み込む愛。

 

ジュリアを亡くし、悲しみのリリアンに

髪を撫でながら、30年は生きる。先には死なないからと言ってくれた

ハメットの深い愛に私は泣いた。

 

それほどまでにリリアンにとってジュリアの存在は大きかったのだから。

 

 

映画の中で、アン・マリーという意地悪な役で

メリルストリープが出てくる。デビュー作らしい。

ほんの少しだけのシーンだが、印象に残るのはそれだけ演技が上手いのだろう。

 

けれど何よりもジェーンフォンダの演技。

バネッサレッドグレープの存在感。

二人を邪魔しないジェイソンロバーツの立ち位置が素晴らしい

 

 

 

 

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ブルックリン〜Brooklyn

JUGEMテーマ:洋画 

 

閉鎖的なアイルランドの田舎町の日用品雑貨の店で働くエイリッシュ。

意地悪な女店主の元では、

若くて才能豊かなエイリッシュの可能性は広がらない。

 

そんな彼女のために

都会での人生のチャンスを後押してくれたのは、最愛の姉ローズだった。

 

ブルックリンへと向かう船中で、

いかにもアメリカ女らしい女性に

手ほどきを受け、まさに、目指すはブルックリン。

 

そのブルックリンの街で、エイリッシュが見つけたものは何だったのか。

 

鑑賞後の後味は悪かった。

 

田舎娘が、都会の中で洗練されていく。

得るものは何?失うものは何?

 

エイリッシュは、百貨店勤めをしながら、夜学に通い会計を学ぶ。

ただ、単に都会の中で、流され染まっていくだけじゃない。

 

ホームシックにかかりながらも

故郷で待っている姉を愛し、芯のある女性だと好感が持てた。

 

 

ダンスホールで出会った同じくイタリア系移民のトニーと知り合い、

二人は少しずつ距離を縮めていく様子も

堅い感じが素敵。 

ふらふらと誘いに乗るような軽い女性でないから

トニーもわざわざアイルランドの女性を選んだのだ。

 

 

ホワイトカラー、ブルーカラー もう死語かも知れないけど

全く違った感じの道を歩んでいる二人だったから、

いつか破局があるのかとそんなことも思っていたけど、

エイリッシュは、トニーのプロポーズを受けた。

 

そんなことを考えた私の心のほうが嫌になった。

 

しかし、最愛のローズが亡くなり、葬儀のために

故郷に帰ってからのエイリッシュの行動は納得できない。

 

 

結婚したばかりのトニーがいながら、幼馴染にああいった態度を何故取れるのか。

 

それこそ、ホワイトカラーの彼氏が良かったという本音じゃないの?

寂しさから、トニーを選んだではないの?

 

そんな彼女の心の隙を元職場の女主人が暴いたとき、

「忘れていた。この町はそういう町であったということを」と

エイリッシュは、告げる。

 

 

確かに 田舎とは、そういった場所なのだ。

世間が狭くて、暇で、絶えず誰かのゴシップを話題にし、

かといって、それで何かをしたいわけでもない。

 

ただ、悪口言うだけで、噂話をするのが彼らの生きてる証し。

 

そんな田舎で生きていけないからブルックリンに住んだエイリッシュ。

 

ラストシーン、エイリッシュの行動をどう見るか。

 

そこに後味の悪さを感じさせる。

だが、しかし、それが学習したということなのか。

田舎娘が成長した証なのか。

 

 

都会に出て、もう、二度とアイルランドの田舎に帰らないという決意なのか。

生きる場所は、もう、ここしかない!という思いでのそれであったのか。

 

人は、一筋縄で、綺麗なままで生きていくわけじゃないってことなのか。

汚れもしみも埃もある人生を歩んでいくってことなのか。

 

私も忘れかけていた。

 

誰しもちょっと叩けば、

ぼろも埃の一つも出るのが人生。

そして、都会の街で生きるということは、そんな一つ一つにかまっているほど暇じゃない。

 

 

 

 

 

 

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マリアンヌ〜Allied

JUGEMテーマ:洋画

 

スパイ同士が出会い、恋に落ち、愛し合い結婚した。

しかし、妻には二重スパイの嫌疑がかけられたことから、

平凡な日常が崩れていく。

 

ずいぶん昔の韓国映画「シュリ」が頭によぎった。

裏切りなのか、真実の愛なのか。

 

簡単なストーリーであるし、結末もそうであろうと思うけれど

静かにラストはただただ泣けてしまう。

 

マリオン演じるマリアンヌが誘ったとき

ブラビ演じるマックスは、

「仕事の相棒とはしない。相棒とヤるとへまをヤり、敵にヤられる」

 

しかし、マリアンヌはそれに応えた。

「へまをするのは行為のせいじゃない。感情だわ」

 

相棒として出会ったときから、二人は恋に落ちた。

だからこそ、ドイツ将校の暗殺という、

生きるか死ぬかの緊迫した中で、二人して生きながらえたとき、

マックスは、感情をあらわにして、プロポーズをするのだった。

 

愛したことは事実。愛されたことも事実。

平穏な生活が続いて欲しいのだけど、

結局、スパイとしての経歴は消えることがない。

マックス、娘という愛するものを得たが故に

マリアンヌは、敵の言いなりにならざるを得なかった。

 

哀しい。とても哀しい。ルールはルールであり、裏切りは裏切り。

情状酌量というものは、スパイの世界にはないのだ。

 

百も承知だからこそ、感情的なマックスのために

マリアンヌは愛ゆえに最後の行為に出る。

 

そして、マックスの悲しみの深さ、愛の深さが伝わってきて、

どうにもこうにも涙が止まらない。

 

 

マックスを演じるブラッドピットは、ちょっと観ない間にどうも顔つきが変わった。

目の辺りが不自然で、整形か?と何度も感じてしまうほどで

 

同じスパイ夫婦ものでアンジェリーナジョリーとの共演した

Mr. & Mrs. Smithの頃とはずいぶん違ったのは、時の流れなのか。

 

マリアンヌを演じるマリオン・コティヤールは、

超美人というわけでもないけど、どんな映画でも記憶に残る。

この映画でも魅せてくれて、

敵を撃つためにパーティに参加するときのドレス姿は美しい。

 

 

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キューティーブロンド〜Legally Blonde

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ブロンドヘアーという容姿がもたらした不幸からの実に楽しいサクセスストーリー

 

普通は真逆である。

ブロンドヘアーを好む社会があり、

それに呼応するかのように女性もおしゃれをするのだが、

主人公エルの好きになった男性は、全く違った偏見を持っていた。

エルがブロンドということだけで、頭も悪く、

今後の自分の社会的成功には似つかわしくない女性だと振ってしまう。

 

つまり、マリリンモンロー的な容姿は、恋人時代はいいが

伴侶としては、自分の名声のためのマイナスになるという考え方なのだ。

 

人は偏見の塊。

日本でも胸が大きい女性は、頭が悪いとか。。なんら根拠のないことで

たくさんの女性は傷ついた。

 

昔、チャーリーズエンジェルというテレビ番組があった。

私立探偵の三人は、女性の魅力たっぷりに事件を解決する。

ケイトジャクソンは、黒髪

ジャクリーンスミスは、ブルネット

ファラーフォーセットは、ブロンド

 

髪の毛の色で、なんとなく役柄が決まっていたように思う。

ファラーフォーセットの髪の毛は、それは美しいブロンドで、

爆発的に人気が出て、ファラー人形まで当時は作られた。

こぞって、彼女のようなヘアースタイルを真似たのでは?

 

その後、ファラーフォーセットが降板したが、次に求められたのも

ブロンドの女性であり、シェリルラッドだった。

 

これが世間の偏見というか好みなのだ。

 

それとは反対のこの映画。

ただ、ブロンドというだけで、頭が悪いと評価されたエルは、

彼の心を取り戻したく、一念発起

一生懸命勉強して、なんとか同じハーバード大学の法学部に入学した。

 

しかし、そこには、彼ワーナーの婚約者ヴィヴィアンもいて

彼女はもちろん黒髪で、知的なまなざしを持っており、エルとは正反対の容姿であった。

 

馬鹿にされながらも、素直に正直に生きる姿は、

単なるサクセスストーリーだというだけでは終わらない。

 

人間の本質というか、失っちゃいけないものを教えてくれる。

彼女は、ファッションが好き。

好きだからこそ、人より秀でた才能があるのだ。

 

弁護士になるからと言って、自分自身の個性まで変えるわけではないのだ。

おしゃれにブランド物を身につけ、

エルという女性の魅力を表現してくれる。

そこには、ブロンドも黒髪もブルネットも関係ない人間の魅力。

 

だからこそ、最後はヴィヴィアンもエルに惹かれ、

外見に捉われ、何も見えなかったワーナーこそ魅力がないのが暴かれた。

 

また観たいと思う。

エルを演じるリース・ウィザースプーン

「ウォークザライン〜君につづく道」の彼女しか知らないが、

別段、美人でもないが醸しだされる魅力というかキュート。

 

何にも考えず、エルのサクセスストーリーに便乗して楽しんだ。

 

 

 

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雨の日は会えない 晴れた日は君を想う〜Demolition

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映画のラスト近くのシーンで、主人公が見つけた付箋。

そこに書かれてあった言葉が、この映画の邦題だ。

誰がこの邦題をつけたのだろう。感性に響くタイトルだと思った。

 

Demolition (解体、破壊)という原題は、実際に主人公が、

道具を持ちその行為を繰り返してゆくことにスポットを当てたのだろう。

その行為なくして、

彼が生きる上での再生はなかったのだから、その通り、正しい。

 

 

映画「フォローミー」 これもイギリスとアメリカではタイトルが違った。

イギリスでは「フォローミー」 アメリカでは「パブリックアイ」

映画を見れば、断然フォローミーだと思うだろう。

 

アメリカってつくづく合理的だと思うが、

訴えたい思いは、人間の心の奥深きところ。

 

この映画には、それがあった。

 

説明的な作品ではなく、受け手が心で感じてみる作品。

 

ジェイク・ギレンホールの何気ない一つ一つの演技が

正直に素直に最後に意味もわからないほど、心に押し寄せ、泣けてたまらなかった。

 

 

金融機関に勤めるデイヴィスは、毎日忙しく、妻の話も上の空。

冷蔵庫が壊れているの。水漏れがあるの。

彼女は、諦め顔で彼に訴える。

たぶんきっと、耳を貸さないんだろうな。

 

そんな会話中、突然 交通事故により妻が亡くなった。

 

運ばれた病院で、彼は自動販売機のチョコを買ったが、

それは出てこず、お客様苦情係りに手紙を書いた。

 

妻が亡くなったのに泣けないんだ。そんな時にチョコレートも出てこない

 

ただ、これだけで済ませることが出来ず、

デイヴィスは、自分の立場や状況をつらつらと書き、送り続け

苦情係のカレンモレノと彼女の子どもクリスと友人関係になった。

 

 

色んなものを壊し続けるデイヴィス。

これでもかというほど、壊すのは何故?

 

人も羨むようなデイヴィスとジュリアの家も破壊していく。

やりすぎだろう?と一瞬思うが、

カレンモレノの家で、彼がふと漏らす言葉を思うと

何ら痛みも悲しみも苦しさも怒りも見つからない家だから破壊するのだと思った。

 

 

また、ゲイであろうクリスとの友情。

うそつきではないからこそ、真正面から向かうからこそ、成立するのだ。

 

デイヴィスが防弾チョッキを着て

銃に興味があってしょうがないクリスに撃たせるシーンがある。

 

到底、常識では考えられない出来事であり行動だけど、

デイヴィスもその恐怖を体験したかったのではないかと思った。

感情の見つからない自分だから。

 

 

自分は妻を愛していなかった。

だから泣けなかったんだ。悲しくなかったんだ

妻の浮気で、もっとそれを肯定してみる。

 

しかし、本当にそうであったか。 デイヴィスは知った。

 

愛はありました ただ、おそろかにしていただけで。

 

この言葉にたどり着くまで、彼は心の扉を破壊し続けた。

 

皆、愛していたと気がつかない。

それに向かってだけ生きているわけではないから。

毎日、数々の問題が発生し、頭の中はいっぱいだ。

 

でも、何故、一緒にいるか。でも、何故、あんな思い出があったか。

 

愛していたからだ。 

 

妻ジュリアは、付箋を貼ることが好きな人だった。

こっちを見て、ここなら気づいてくれるかしら? 

ねえ、無関心なデイヴィス。どこでわかってくれる?

そんな愛を込めて、邦題の言葉も貼ったのだ。

 

雨の日には会えない。晴れた日には君を思う

 

 

 

 

 

 

 

 

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ペンタゴンペーパーズ〜The Post

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あのベトナム戦争は、泥沼化した。

「タクシードライバー」「ディアハンター」

多くの映画の中で、深く傷を負ったものたちの悲しみが漂う。

 

あのベトナム戦争の結末はどうであったか?

私の記憶の中では、

大国アメリカが、長い間苦戦し

ベトナムが勝利したというものになっている。

当時、大統領はニクソン大統領であった。

 

この映画は、ベトナム戦争の実態を隠し、国民を欺き

戦争を進めていった政府の機密〜ペンタゴンペーパーズを

新聞に載せたワシントンポスト誌の英断の物語である。

 

そして、それだけではなく

男性社会の真っ只中で、

キャサリン・グラハムという女性がやってのけたところにも大いに意義がある。

 

タバコとインクの臭い、時間との闘い、

男の社会の中で、ポストという新聞社を継承して行くキャサリン。

平凡な主婦であったのに

夫の自殺により、やむを得なく社長になった彼女には

そう、たやすく自信などつくはずもなく、どことなく危うい。

キャサリン役は、メリルストリープ。

 

 

このペンタゴンペーパーズを最初にスクープしたのは、

ニューヨークタイムズ紙であったが、

強烈な機密文書であり、

その後、政府から差し止めを命じられる。

それはつまり、同じことをすれば反逆罪、刑務所行きなのだ。

 

そんな中で、記事を載せるか載せないかで、ポスト社は

キャサリンの英断に賭けた。

 

「Go」「やりましょう!」

 

二時間余りのこの映画、あっという間に終わった。

無駄がない。

 

父を新聞社のオーナーに持ち

幼い頃から、その姿を見てきたことが、目には見えないパワーとして

キャサリンの最後の言葉になっていたような気がした。

 

弁護士からの忠告、役員からの忠告に対して、

父親の会社でもなく、夫の会社でもなく 私の会社であり

誰よりも一番長くポスト社と共に生きてきたと語るシーンは、

実に重みがある。

 

遺産のことなどわかっていないわけではないのだ。

 

編集長ブラッドリー役は、トムハンクス。

毒づくようなアクの強い役柄だ。

ペンタゴンペーパーズを載せる!と彼は、妻に自慢げに語るが、

 

キャサリンの英断とブラッドリーの決断。

 

そこには、どれだけのリスクの違いがあるか

ブラッドリーの仕事を支える妻の言葉によって、キャサリンの一言の重みを知る。

 

料理を作って、仕事仲間に振舞って

ブラッドリーに尽くす妻だから、言える言葉。

女性という立場にも関わらず、キャサリンは、勇敢だった。

 

ベトナム戦争の意義。

100%中の70%は、ただアメリカが負けたくないだけの理由であり

そのために、若者が送られ、犠牲となった。

 

戦争とは、一体何のだろう? 偉い人たちのエゴでしかないのか。

 

映画は、ニクソン大統領のその後のウォーターゲート事件への

関与を示して、エンディング。

つまり、ペンタゴンペーパーズによって報道の自由が守られ、

国民の利益が守られた第一歩からの足音が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

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