映画を語ろう。
愛を語ろう。
グリーンブック〜Green Book

JUGEMテーマ:映画

久々に戸田奈津子さんが字幕担当なのかと思った。

 

吹き替えの映画、字幕の映画。

どちらを好むか。私は断然、字幕

日本語として発したときに消える何か。理由付けのような吹替えで趣も消えてゆく

 

グリーンブック〜黒人のグリーンさんが書いた黒人のためのアメリカの歩き方。

それを手にして始まる

黒人天才ピアニスト ドン・シャーリーと

白人運転手トニーリップヴァレロンガの8週間の演奏旅

 

 

北部より人種差別がひどい南部での常識。

演奏は歓迎しても、黒人は黒人。

 

トイレは、家の中ではなくバラック小屋のようなところ。

洋品店で見つけたスーツも試着は出来ない。

 

一流のレストランでは、食事は禁止。

黒人は夜間外出禁止。

今まで他の映画で垣間見てきたものが、この映画でも表現される。

 

 

それでもドン・シャーリーは、敢えて南部での演奏にこだわる。

一流の教育を受けて、身につけたもので生きていく。

彼の演奏にお金を払ってくれる白人の世界が生きていく場所。

 

 

映画「白いカラス」を思い出してしまった。

黒人世界にも白人世界にも居場所のない自分。

ユダヤ人だと嘘をついて生きていた主人公。

 

偉そうにしてるわけでもなく、その道しか、独りぼっちの道しかなかったのだ。

 

 

白人トニーリップは、イタリア系移民であり、元々はクラブの用心棒。

毎晩、きっと問題があるであろうクラブで、

色んな客をあしらい、解決に持って行く手腕、臨機応変さ。

身についた生き方がそこにある。

 

 

そんな2人の友情旅。

イタリア系移民という暖かさを感じてしまう。

マイノリティゆえに絆が深く、愛を思う。

 

 

トニーリップに対して、嘘つき!だとドンが言う場面がある。

嘘ではない。「デタラメ」だ。嘘とデタラメは違う

 

 

英語ではなんて言ったのかな?

戸田さんの意訳を感じてしまった。私は気に入った。

 

嘘とデタラメとは、そこに物語があるかどうかだ。

 

絶対ピンチの時、デタラメを次から次へと並べて、くぐりぬけていくのも生きる知恵。

 

 

トニーリップの黒人への差別的な思いが変化して行くのは、

冒頭のコップを捨てるシーンから、

旅が終わった後のファミリーへの一つの言葉掛けで、頷ける。

 

そして、彼らファミリーは、反発もせず家族でその思いを受取る。

それが弱いが故に結束してきたイタリア系なのだ。

 

 

演奏旅行。

クリスマスまでに帰りたい。帰りさせてあげたい。

家族の集う、幸せの集うその時までに。

友情は、そこにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

か行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ライ麦畑の反逆児〜Rebel in the Rye

JUGEMテーマ:洋画

 

アメリカ文学の代表である「ライ麦畑でつかまえて」の著者 J.Dサリンジャーの一生のお話である。

 

裕福なユダヤ人商人の家で生まれ、

大学に行っては、退学を繰り返していたサリンジャー。

 

父親は、家業を継いで、

落ち着いてくれたら良いと思っていたが、

ちょっと尖った感じの彼に文才を認め、

母親は大学に行って創作の勉強をしっかりやるように進める。

 

 

向かったのは、コロンビア大学。

そこで出会ったウィットバーネット教授のアドバイスで、物語を書くということを学んでいく。

 

 

何よりも大切なのは、ストーリーだ!

 

この言葉は、ヒューグラント主演の Re:Rifeの中でも語られる。

 

 

では具体的に、いかにして物語を作るか。

作者の声が物語を壊さないようにすること。うるさく自己中の物語であってはいけない。

 

 

淡々と感情も入れず、ある物語を朗読しても

じっと耳を澄まして聞き入れられる物語を作ること。

 

それが作家の声が邪魔しない物語だと

ウィットバーネットが講義するシーンが最初に出てくるが、

思わず、凡人であっても納得できるような気がした。

 

 

サリンジャーが作家として、物書きとして一生貫く中で、ウィットの教えは、とても重要ではなかったかな。

 

出版するか否か、売れるか売れないか ではなく

一生書き続ける思いがあるかどうかが、小説家になる本気の覚悟になる。

 

 

そして、不採用、不採用 に耐えつづけること。

 

 

一貫して、サリンジャーは、真実にこだわった。

 

嘘がいや。 

出版社からの修正依頼を断ることは、そこにある。

物語を通して、自分の声を届けたいのだ。

 

 

勝手に大人が修正したストーリーに何の価値があろう。

現実はハッピーエンドにはならないと強く語る場面があるが、

私は、20年ほど前は、

映画の中だけは、ハッピーエンドの世界であってほしいと願って観たことがある。

 

 

だが、実際、勧善懲悪だけではこの世はすまされない。

理不尽があってこそ当たり前だし、そんな中で生きる。

だからこその嘘はいやという生き方。

 

 

サリンジャーが恋に落ちたウーナ・オニール。

有名な劇作家の娘で、女優になりたいとハリウッドへ向かう。

 

お互い、愛を確かめ合っていたはずなのに、離れていた時間が理由なのか

彼女があのチャップリンと結婚したということを

新聞の第1面で知らされたときの強烈なショック。

 

 

女優だもの。どこまで嘘で、どこまで真実で。人の気持ちはわからない。

 

信じられるものは何? 

 

 

戦争を体験し、精神を患いながらも

彼が彼の魂を守り続けられたのは、彼が書こうとした物語の主人公の存在があったし

それは嘘で書いたものではなかったから。

 

 

ライ麦畑でつかまえて のヒットで、つかんだものと失ったもの。

ストーカー、社交界のかったるさ。幸せはどこにある?

 

小さな子どもにも嘘をつかれ、彼はひどく落胆する。

 

出版という形が、彼の心の平安を崩し始めたとき、

世間に向かって発表することを辞め隠遁生活を始める。

 

しかし、小説家になろうと決めた時、出版が目的ではなかったのだ。

一生書き続ける覚悟こそだったのだ。

 

 

色んな言葉が散りばめられていて、それぞれの人にあった感性の言葉があるだろう。

 

 

芸術家とはなんだというくだりでは、

完全という認識から

自己中で欠点だらけで不完全という認識に至るが、そうでなければ、人々の共感は生まれない。

 

 

自分の気持ちの代弁を求め

音楽を聴いたり、物語を読んだり、

分かってくれるというか、共感を人は欲しているのだと思う。

 

 

ラストシーン近く

ウィット教授がサリンジャーに文集の序文のお願いをし、彼は快諾する。

 

 

さて、手元に届いた序文があるのに

わざわざ、ウイット教授が家までやってきて、語ることは。。。

 

最初に戻るようなシーンで、私は好きだ。

 

 

この映画は、ポスターと予告を見て、鑑賞しようと決めた。

 

 

母親の愛情にも泣けたし、それを感じるサリンジャー。また父親の思い。

戦争というものの精神的なダメージの怖さ。

 

 

小説を読む時期というものがあるし、若者向きだろう。

しかし、

年配になっても

真実が語られているそれは読みたくなった。

嘘は嫌いと言い続けた共感を感じたくて

 

 

 

 

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
鑑定人と顔のない依頼人〜The Best Offer

JUGEMテーマ:洋画

ある初老の鑑定士が、初めて恋をした。

彼の名は、ヴァージル

恋の相手は顔を見せないミステリアスな若い依頼人クレア。

 

今まで、絵の中の女性たち〜肖像画にしか興味を持ったことのないヴァージルが

人生において、初めて人を好きになったのだ。

 

しかし、その顛末は、膨大な肖像画のコレクションが盗まれ、

彼女も去っていく。

この窃盗事件は、今までのヴァージルの仕事上の相棒が主犯者となり、

顔のない依頼人クレアも詐欺師の1人であったということ。

 

では、実際にそうであったのか。

悲しすぎる話で終わりなのか。

 

人生の終わりに、何もかも失った初老の男が残っただけなのか。

ヴァージルは、自分自身も鑑定の中で、人を騙してきた。

だから、因果応報。自分も騙された?

 

そんな簡単な話で終わらせない。

ラスト15分からが秀逸である。

 

しかし、そこまで到達しきれない観る側の感性であれば

つまり、1から10まで、すべてのものが見える映画が好みなら

余韻の残るこのような映画は、評価に値しないのかもしれない。

 

映画も人を選び、人も映画を選ぶ。

これは、ハッピーエンドにつながっていく余韻を残してくれた。

 

「贋作の中にも必ず本物がひそむ」

 

鑑定士として、ずっと本物か贋作か見極めてきたヴァージル

その彼のこの言葉の意味は、

クレアとの食事の中で、伝えられた。

 

贋作の作者だって、

人間の本能であるオリジナリティー、自分を表現したい気持ちがあり

何かしらのメッセージを絵の中に入れる。

 

目の中に小さくイニシャルを入れたりとか。。

だからこそ、贋作の中にも本物があるのだと。

 

この言葉は、最後まで私の気持ちの中で生きた。

 

最初は騙そうと思っていても、

その騙す中でも、本当の愛の一瞬があったのではないか。

 

嘘偽りのない愛の行為。

その愛の行為は、何度か出てきたが、

ヴァージルだけではなく、クレアの思いも伝わった。

 

 

クレアの語る不幸な過去にしたって、すべてが嘘だとは限らない。

何か下地があり、その中に自己を投影する

それが人間の本能なのだ。

 

 

ラスト15分間にヴァージルが思ったことは、まさにそれではなかったか。

本物と贋作を見続けてきた彼だからこそ、最高の価値を知ったはずだ。

 

そして、実在していた「ナイト&デイ」という喫茶店。

 

 

また、膨大な肖像画のコレクションを初めてクレアに見せた時。

圧巻の美に息を飲みながら、私の前にいた女性たち?と

クレアが呟くが、

女性にとって、それは紛れもない愛の瞬間であったはずだ。

 

目に見える形で、ヴァージルが見せた愛の瞬間。the Best Offer

 

この映画の監督が、

ニューシネマパラダイスと海の上のピアニストの監督だと知り、それも驚いた。

 

 

キスシーンばかりのラストで愛を教えてくれたニューシネマパラダイス

陸で生きるより

海の上の死という生き方を友情で支えてくれた海の上のピアニスト

どちらも余韻がずっと残る映画。

 

そして、この映画も「待ってる」という余韻が残った。

 

 

 

か行の映画 comments(0) trackbacks(0)
マンチェスターバイザーシー〜Manchester by the Sea

JUGEMテーマ:洋画

 

137分の時間があっという間に過ぎた。

 

自分の過失から、子どもを失ったリーという男。

そのリーの兄が突然なくなり、甥っ子であるパトリックの後見人になることから

過去の出来事の町へ舞い戻る。

 

現実と過去の記憶が交差する中で、初めて、リーという男の深い傷を知る。

 

「アルビノーニのアダージョ」 

 

この音楽が流れ始めたとき

それは自分の記憶とも交差し始めた。

なんて重いメロディ。

しかし、悲しみの中でそれを求める心境は、闇の中に入れば入るほど、求めてしまう。

 

自分の壊れた心を修復するには、限界がある。

 

家族、愛するものを得た瞬間から、人はそれを失うことを想像出来るだろうか?

何が大切かって、どれだけ大切かって、

わかりすぎるくらい分かっていながら

ほんのわずかな自分の不注意で、命が奪われてしまったとき、

 

人の悲しみは、他人にははかりきれない。

 

 

元妻が結婚し、赤ちゃんが生まれたことに対しても

そして、リーを責めすぎてしまったと詫びても、

話したいと誘われても

リーは、言葉数も少ないし

もう少し、何とか言葉が出ないものかと思うほど。

 

しかし、リー自身がまだまだ、彷徨ったままだった。

 

後見人として、この街マンチェスターバイザシーに一緒に住むことを

パトリックは望んでいるし、

リーも努力をしてきたはずだが、結局それは叶えられなかった。

 

「乗り越えられないんだ」

 

この言葉、一つで、観る人すべてに

リーの哀しみが伝わったんじゃないかな。

 

分かった。

ハッピーエンドのような展開を思う気持ちも隠すように

もう、何も責められないと私は、言葉を呑んだ。

 

 

ただ、リーのすべてを待つしかない。

 

それほどまでに、彼は傷ついたんだ。

深く愛した分、傷は深く、深度という形で伝わってくる。

 

彼の時間の中で、生きていくしかない。

 

アカデミー主演男優賞を取ったようですが、

1人の男を地味に丁寧に見せてくれた。

 

だからこそ、あっという間に時間が過ぎ、

なんら、無駄なものを感じなかったが、

ただ、リーの心情を思えば思うほど、いくつかの音楽がうるさいと思った。

そういったものもなくても、充分、感じ取れるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま行の映画 comments(0) trackbacks(0)
31年目の夫婦げんか〜Hope Springs

JUGEMテーマ:洋画

結婚生活31年目のその時

新婚生活の夢、子どもを育てる夢

数々の夢のその果てに、

夫婦二人の関係はどうなっているのかな。

 

これから先も一緒に夢見たいと思うケイは、

カップル向けの集中カウンセリングを夫アーノルドと受けることを思いつく。

すべては、二人仲良く生きていくために。

 

好きだから言えないことって、有りはしないだろうか。

嫌われたくなくて、もしかして、その一言で傷つけたくなくて

 

それでも

お互いに我慢しながら、夫婦であり続けた時

いつか爆発するときがやってくる。

 

勇気を振り絞って、求めたとき

断られたことってないだろうか。

そうして、離婚という道を選ぶカップルだって大勢なのだ。

 

夫婦生活≠夫婦性生活

夫婦生活≒夫婦性生活 

ただ単にその行為ではなく、スキンシップという中で育まれる愛の行為

女性はそれを求めている。

 

そして、男性だって、

好きな人にして欲しい二人だけの愛の行為を求めている。

 

 

カウンセラーの先生の力を借りて、

ケイとアーノルドは、少しずつ大切なお互いを失わないよう努力する。

それは課題という名を借りての愛の行為。

 

 

映画館での大胆な行為。

歯があたって痛いという最悪な結果に

ケイは傷つき、アーノルドは、最大限の優しさを見せる。

そういった「いたわりあい」こそ忘れてきたものではなかったかな?

 

 

ケイのために素敵な演出を施し、

今度こそうまくいくのかと思った矢先、

仰向けのケイが、正常位のアーノルドに向かって

顔を見て!と訴えたとき

それが出来なかったのは、何故?

 

ケイよりアーノルドは、もっともっとシャイではなかったか。

私はそんな気がした。

 

心を見せる事が、ありのままを見せることに

まだ、まだ時間が必要であったのではないかな。

心のリハビリの時間は同じじゃない。

 

それほど、性ってセンスィビリティなものだと思う。

語らず、触らずの時が、

二人の関係を遠ざけていったのだ。

 

 

原点にかえろう。

二人は愛し合っていた。大好きだった。

共にこれからも一緒の夢を見たかった。

別れるためにカウンセリングをしたわけじゃない。

 

そこで、努力した結末は、ラストシーンへとつながっていく。

 

メリルストリープ演じるケイと

トミーリージョーンズ演じるアーノルド

 

メリルは強い女でもなく、キュートであり

よくここまで努力するなと思うほどの妻を演じていた。

だからこそ、ケイにとって

とてもつらい日々だったのだろうと共感を思う。

 

ただ、個人的には、彼氏のために髪の毛を伸ばすというのはお断りである。

 

 

 

さ行の映画 comments(0) trackbacks(0)
フラッシュダンス〜Flashdance

JUGEMテーマ:洋画

 

昼は、溶接工、夜はキャバレーのダンサー

二つの仕事を持ちながら、アレックスは、プロのダンサーを夢見ている。

 

ワンシーン

ワンカット。 

ジェニファービールス演じるアレックスの表情がとても魅力的だ。

ダンサーとしての肢体をより美しく魅せる動き。

人間の体は、ここまで美しいのかと思う。

 

溶接の保護カバーを外し、

ジェニファーの顔がアップになるとき

その溶接という全く女性と関係性のないギャップが

より一層美しさを惹きたたせる道具となる。

 

「ある日どこかで」の女優ジェーンシーモアのようなイメージを受けた。

 

演技がどうとか、

ストーリーがどうとか

そういったことではなく

 

夢を追いかけるアレックスと

それを応援する恋人

夢破れたアレックスの友達ジェニーと恋人

 

青春というのは、こういうものではなかったかな?

怖れながら、でも突き進み

そして、挫折と失敗と失意の中で

また、前へ向かっていく繰り返し。

 

ジェニーがプロのスケーターの夢破れ、

どうしようもなく堕ちてゆくのを

アレックスが止めにいったのも

 

何故?

友達だから!

打算も何もない正直な行動が青春時代。

 

ダンスのオーディションを前にして

アレックスは、怖くて、前に進めず、誰かのせいだと言い訳して

臆病になった時

恋人の言葉が響く。

 

夢を捨てるということは、死んだも同然だ!と

 

 

大人はいつの頃からか、諦念の時代を過ごすようになる。

それでも、こんな映画を観てると、

また、ピュアな感情で、それを受け止める瞬間が嬉しい。

 

だからこそ、

青春時代に、好き嫌いを正直に言えるときに

インパクトのあるこんな映画を観ることは、

大切なことなんじゃないかって思った。

 

 

夢を叶える。

サクセスストーリー

逆境を乗り越えてシンデレラになれる

そんな夢物語を素直に鑑賞できるって最高じゃないかって。

 

は行の映画 comments(0) trackbacks(0)
Re:LIFE〜The Rewrite

JUGEMテーマ:洋画

ヒューグランと演じる脚本家キースの唯一の誇りは、

「間違いの楽園」という作品でアカデミー脚本家賞をとったこと。

 

しかし、それ以降の鳴かず飛ばず

そして、とうとう、新たな仕事もなくなり、選り好みも出来ないほど窮地に陥った。

そんな中で、与えられた仕事は

大学で脚本を教えるという教師の仕事であった。

 

ロサンゼルス、ハリウッドでの生活から

世界一回転木馬が多いというだけの田舎町の大学で

脚本を教えるという仕事を果たしてやっていけるのだろうか。

 

どこまでもお調子者、軽い男、けれど憎めなくてハンサムなヒュー

受講希望者の中から、受講者を選ぶのも、

希望者から提出された脚本ではなく、容姿で決めただけ。

そんないい加減なヒュー演じるキース。

 

彼にとって、生徒に脚本を教えるというより、

その時間をなんとか楽に過ごし、対価を頂くためのものであり、

あくまでもハリウッドの脚本家というスタンスなのだ。

 

教師と生徒、そして、文学科 ハリウッド

そういった要素から、

何かを語るときには、文学や映画のエピソードが多く語られる

下地としてそれがわからなければ、

この映画の良さも楽しみも楽しみは増さない

 

「グッドウィルハンティング」、

「今を生きる」

キースが語るそれらの映画は、言わずと知れた教師と生徒の物語の名作。

 

私自身のなかでも大切な一本になっているが

結局のところ、人に何かを教えるとき、教わるとき

どんな快感が互いの中で生まれるのだろう。

 

キースは、それを発見したのだと思う。

生徒達もそれを発見したのだと思う。

教育とは、知りたいこと学びたいことを得る喜び

何よりも人間が求める喜びなのだと思う。

 

私がこの映画で得たもの。

 

脚本とは、まず主人公の目的を決めること

つまり、誰が主人公でゴールは何か、

スターウォーズで言うなら ルークはジェダイの騎士を目指す

その間の試練が物語となる

 

脚本を書く情熱

どうして、それを書きたいと思ったか。

その動機が本気の情熱でなければ、物語は進まない。

書きたい理由に必死にしがみつくこと

 

つまり、脚本についての話は、

もっと客観的に考えてみれば、

一人一人の生き方というところになるんじゃないか。

その気づきが大人になったキースにも私にも感じられた。

 

11歳の少女の話もそれに加えておこう

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

11歳の少女が自分は天使になったと気づき

家族や友達に会えなくなると嘆き悲しんだ。

しかし、年上の天使が、11歳はいい年齢だと言う

11歳の時の感情は、

好きも嫌いも本気の感情だから

 

だが、長く生きていると、色んな妥協を強いられる

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

生きたい理由に必死にしがみついて生きること

それがキースにとって、教師をやることで気がついた。

 

リライトが原題で、書き直しということで、

脚本家である主人公の物語としてのそれに当たるのであろう。

 

そして、キースの1人息子アレックスへの思いも

そのリライトという言葉を使って映画の中で語られる

 

しみじみとしながら、

色んな善人の愛がいっぱい詰まった映画だった。

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
ラ・ラ・ランド 〜La La Land

JUGEMテーマ:洋画

 

女優になる夢をもつミア

その日を目指して

今は、ハリウッドの撮影場所のカフェで働く。

 

ジャズピアニストのセブは、今風のジャズではなく

古き良きジャズの流れる自分のお店を持つことを夢としている。

 

そんな二人の出会いの春夏秋冬とそれから。

 

まるで、ディズニーの世界を見ているかのような色使い

曖昧な色ではなく、12色というか原色

それは、目が覚めるようなオープニングだった。

 

オーディションになかなか受からないミアと友達は、

クリスマスの夜、

人脈という出会いを求めてパーティーに向かうが

何ら得ることもなく、おまけにミアは車をレッカーに連れて行かれ

歩いて帰る羽目になった。

 

ポツポツ歩きながら、耳にした音に吸い寄せられるように

ミアは店に入った。

彼女の心に触れた音は、セブの弾くジャズのメロディ。

 

 

しかし、オーナーの指示通り、クリスマスソングも弾かず

好き勝手な音楽を弾いたセブは、

その時まさにクビを言い渡された瞬間であり、

ミアなど目もくれず店を出てしまった。

 

人生のすれ違いは、もうそこから始まっていたのかもしれないが。。

 

その後、あるパーティーで再会する二人。

微妙に何かしら

二人の心は求め合うものが一緒だと感じるようになっていき

夢を語り合いながら、同じ方向を見つめるようになった。

 

一つ一つのシーンのミアは、

シンプルなワンピースで

彼女の大きな目と白い肌が一層素晴らしいものにしているように思う。

 

魅力的な主人公ありきなのだ。

 

セブは、ミアの夢を叶えたい気持ちがいっぱいだった。

それにはお金が必要だ。

 

友人の言葉にも耳を傾け

ただただ頑固にジャズを通すのではなく、

知ってもらうことだという考えもありきだと

友人とのバンドを組み、それだけのものを得るようになった。

お金と成功。

 

しかし、

夢は、お店だったんじゃないの!と詰め寄るミア。

その辺がじれったいが、誰のためでもなくミアのためなのだ。

 

セブは、ずっとミアのため

ミアが挫折しそうになっても

彼女の夢ために 気持ちを押し上げる。

 

ミアの1人芝居の挫折の後にめぐってきたチャンス。

好きだから、出来ること

精一杯アピールできること。

あきらめの彼女を夢の道に連れ戻す。セブの深い愛

 

それからの5年後、

それは、5年前のそれとオーバーラップして物語りは進行する。

 

最後の最後まで、どんでん返しを期待するのは、

子どもじみたハッピーエンド信奉者。

本当の幸せは、どこにあるのか?

 

ミアはミア

セブはセブ。

お互いに夢を追いかけた価値観。

そしてお互いに夢をかなえた。

 

同じレールの上で二人で生きるだけが愛じゃないのだ。

 

女優になったミアには、もっと叶えたい夢があるだろうし

セブも望んでいるはずなのだ。

そして、自分のお店をもったセブにも

もっと叶えたい夢があるだろう。

 

二人の夢は広がって大きくなって、叶っていくこそ意味がある。

 

 

5年ぶりの再会のセブのお店で

何も言わず去っていくラストシーン。

振り向くミア

 

そこには哀愁とか後悔とかそんなものじゃない

 

離れていても見てて! 

私やるわ!

夢を叶え続けるわ!

 

そんなミアの声が聞こえてきそうなラストの情熱的な見つめあい

 

上質な物語だと思った。アカデミー賞をとれたのも頷けた。

 

 

 

ら行の映画 comments(0) trackbacks(0)
カリートの道〜Carlito's Way

JUGEMテーマ:洋画

 

元麻薬王であるカリートは、弁護士デイブの力で、

20年の刑期のところ5年で出所できた。

 

さて、それからのカリートの夢見る道は

周囲の思いとは裏腹に、堅気の幸せへと続く。

 

マフィアとはまったく関わることもない

バハマでレンタカー屋で、観光客相手に商売をすること

5年前に別れた愛しいゲイルと共に。

 

カリートを演じるアルパチーノ。

漂う雰囲気は、手の届かない圧倒的な存在感と悲しみ。

 

どうしてこうも魅力的な演技というか

いやいや、もう、マフィアそのものだと思わせてくれる

今どき、こんな俳優はいるのだろうか?と思った。

 

誰も真似できないアルパチーノという芸術感

 

カリートが投獄されていた5年間で何が変わったか。

チンピラだらけになってしまった裏社会。

裏切りから裏切りへ、けちをつけたくなるような奴らの中で

仁義を重んじるカリートは、もう過去の人なのか。

 

カリートの弁護士デイブ役は、ショーンペン

オープニングシーンのデイブのきちんと感から

どんどん崩れていく人格というか

堕ちてゆく、最低な奴に成り下がっていく感じが、

ショーンペンならではの演技力だと思う。

 

律儀なカリートと自己中の勝手なデイブが対照的だ。

 

カリートは、借りを返すということにこだわりすぎた。

だが、それがカリートの生き方。俺なのだ。

だからこそゲイルが愛する男。

 

ハラハラドキドキ感のクライマックス。

そしてそれも美しく美しく描かれる。

 

恩が仇になってしまったか。

いつの時代でも容赦ないところまで、根絶せねば自分の身はもたない。

 

ゲイルとの何度かの問答で

「人を殺したことがありますか?」の問いかけに

簡単に話せるものではないと

満を持してすることではなく

殺される前に殺すとい大前提をカリートは話していた。

 

が、堅気になりたくて殺さなかった唯一のチンピラが

最後に出てくるのは、予想外の展開だった。

 

まだ観ていない「ゴッドファーザー」も見たくなった。

それほど、アルパチーノは素晴らしかった。

なにもかもがそのものすぎて

どういったらいいのかわからないアルパチーノ

 

か行の映画 comments(0) trackbacks(0)
未来を花束にして〜Suffragettes

JUGEMテーマ:洋画

 

イギリスで起った婦人参政権を求めての運動を扱った映画であり、実話。

 

未来を花束にして〜この邦題から

こんなに硬派な映画を想像するだろうか?

主演は、キャリーマリガン

私のお気に入りの女優であり、他にもヘレナボナムカーター

メリルストリープとくれば、女性の自立を真面目に取り上げるものだと

思っていたが、

邦題は、映画に関わった人に対して

あまりにも失礼なタイトルではないですか?

 

 

モードワッツは、洗濯工場で働く。そこは劣悪な環境で賃金も安い。

しかし、友人の代わりに議会の公聴会で、

工場での働く環境について、友人の原稿ではなく

モード自身の思いを語ることによって、

何かしらの気持ちが芽生えた。

考えることなく当たり前だと思っていた洗濯工場での労働。

 

家には、夫と息子。

男の子であるから、息子には洗濯工場での過酷な労働はないが

では、もし女の子が生まれたら?

素朴な疑問に

夫は、モードと同じだと告げる。

 

女性には未来はないのか?

生まれながらに差別のある社会。

 

それからモードは婦人参政権を求める運動に加わっていく。

 

運動に理解をしてくれない夫から、

離婚を言われ、息子の親権は夫のものとなった。

つまり、法律は男が作り、

その法律によって、親権は男親となっていた。

 

モードの決心は、ここから本物のものとなった。

親権を取り戻すために、女性の参政権が必要なのだ。

だからこそ運動をし戦う。

 

 

公聴会ではあれだけ優しく話を聞いてくれたのに

結局は認めないという発表を聞いたモードたちの口から

「ライアー。ライアー!(うそつき)」と叫ぶのが印象的だった。

 

 

当たり前のように主義主張を唱える現代まで、

過酷な野蛮な歴史があったことをつくづく思う。

 

過激な女性たち。

ガラスを壊し、

ポストは爆破し、別荘も爆弾でぶっ飛ばす。

 

命を賭けて、そこまでしなければ振り向いてくれない社会。

そして、刑務所に入れられ つらい仕打ちを受けても

続けていく勇気。

 

生き方はさまざまである。

しかし、女性だから、男性だからという枠の中で

忍耐するだけが正しいわけでもない。

 

 

モードは、洗濯工場では、ある意味優遇された立場だった。

それは、経営者からの性的虐待があったからであり、

黙すしかない現実があったからだ。

 

だが、

同じようにまた若い女性に繰り返される現実を知った時

彼女の取った行動に溜飲が下がった。

二度と同じ悲しみを味わわせないという決心。

 

自分のためだけに生きるのではなく

社会のために

未来の女性たち、子ども達のためにモードは立ち上がった1人だった。

 

 

ま行の映画 comments(0) trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>
COMMENT
  • 縞模様のパジャマの少年〜The Boy in the Striped Pyjamas
    tk (03/24)
PROFILE
MOBILE
qrcode